母のタイムスリップ日記
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2008年05月15日(木) 夕刻の出会い


昨日 別のフロアの入所者の方と久しぶりにお遭いした。
其のフロアの方とは 母の日の行事の時に合同だったのだが 其の方の姿は見えなかった。
具合が悪いのかなと思っていたのだが…。

お話もあまりなさらず 食事の時も目を瞑って居られる事が多い。
「お久しぶりです」と挨拶すると目を瞑ったまま 静かに頷かれた。
「目を開けられないのですか?」
「開けられます」と言うけれど 目を開こうとはしない。
「目を開けて貰えたら嬉しいです」とかなり押し付けがましくお願いしてみたら…そうっと目を開いて 直ぐに目を閉じられてしまった。

クリスチャンでもあるので 耳元で賛美歌を口ずさんでみた。
すると 口を僅かに開いて賛美歌を一緒に口ずさんでくれた。
歌詞に間違いはなくて しっかりと記憶されていらした。
でも 声はか細い。

唄い終わった時 顔の表情が変わっていて 笑顔が見られた。
ここまでの笑顔は本当にひさしぶりに見たように思う。

「一緒に歌って戴き 有難うございました」とお礼を伝えるとまたにっこりなさった。

この方も母と同じように信仰が支えになっているのだなと感じた。

其の方の傍を離れる時 フロア担当の方から「有難うございました」とお礼を言われた。
いつも どこかで余計なお世話をしているのかも…と感じていたのだが それ位はOKということなのだろう。

母にも賛美歌は届いたようで ニコニコしていたのでホッとした。

今日は 会議。電車に乗って出かけた。
結構長い時間になった。
帰り道 本人や介護者の介護環境 看護環境 今の問題についてあれこれお話をした。

在宅でも施設でも 介護や医療における 本人及び介護者の選択出来る余地は 少し狭くなってきているような気がする。
お金があれば プラスアルファーのサービスを受けられるけれど 現実にそうできる人は多くはない。
また 成年後見人制度のこともちょこっと話題になり 後見人制度を利用する人は ボツボツ増えてきているけれど 本人向けというよりも家族向けの利用が多いと話されていた。
財産だけでなく 介護も含めて本人の選択出来るような制度利用になるのには まだ時間が掛かるのだろうなぁ〜。
自分が認知症になったら…という意識が薄いせいなのかなぁ〜。

地元の駅に着いた時 介護仲間がお母様と一緒に歩いておられた。
最近 お母様を引き取られたばかり。
まだ 認知症も初期症状である。

聞けば 耳鼻科通院の帰りだと言う事だった。
丁寧に診察してくださる医師なので 地域でも信頼されており非常に混雑する。「長かったでしょう。お疲れ様です」とお母様に向けて話しかけたら「ええ〜」と笑っていらした。
介護者の会には お休みだったので お元気なお姿に出会ってひと安心。

いつも車を使われるのだが お母様のためにバスを利用するようにしたと話されていた。
社会との接点が大事と気がついたとも話されていた。
「そうなんだよねぇ〜。でも 周囲の配慮って感じるでしょ」と言ったら
「そうそう 全くお構いなしって言うのも結構多いよね」と笑っていらした。

しかし 7時ごろの時間。
戻って食事の支度は お互いさまだが 介護のある分 私よりハードだと思う。まして 仕事もお持ちなので…。


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