母のタイムスリップ日記
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日曜日の朝 久しぶりに家族揃って朝食。 みんな家に戻っては来ているけれど すれ違いが多くて一緒の食事って数ヶ月ぶりくらいかなぁ〜。
子供が幼かった頃は どうあっても家族揃って食事を心がけていたけれど…。もう 子供も大きくなったので 無理のないペースで…といった所。
ゆっくりとした朝だったけれど 昼を境として 家人はそれぞれ仕事へ向かい 私も母の所に出かけた。
施設の入り口で他のフロアのご家族とばったり出会った。 危険な状態の様子だと話されていた。 最初から入所なさっている方である。
母のフロアは テレビの音が聞こえて 数人がフロアで椅子に腰掛けていた。母の姿は見えなくて 居室のトイレから声が聞こえたので誘導中なんだなとわかった。 職員とバトンタッチして排泄の続き。
が排泄後 どうも滅入っている感じがした。 「大?」と聞くとこっくり。 再度 トイレ誘導し 踏ん張ってもらうがいきまない。 仕方ないので 摘便。 普通より少なめだが 何とか排泄できた。
これなら 乳製品を取り入れても大丈夫だろうと判断 職員にその旨を伝えた。 しかし お腹が落ち着くまで 苛着いているようで怒ってみたり 元に戻ったりと変動が大きかった。
今 施設に危機状態にある人やご家族の不幸があって外出なさる方もおり 入所して3日目くらいの方が不穏な状態で 他にもいろいろあるようで 人手が足らないとの事だった。 あちこち手を尽くしたが見つからないと言う事で あしたちょこっとお手伝いに入らせて戴く事になった。
入所なさったばかりの方を中心にお手伝いさせていただく事にした。 母のフロアではないので そこで ちょこっと顔合わせ。 単に不穏だけならいいのだが 転倒の危険があるので目が離せないらしい。 別のフロアとは言っても 顔なじみばかり。皆さんにご挨拶しながら…。
入所なさったばかりの方が慣れないのは致し方ない。 環境の変化で不安は増すばかりだろう。 お話を伺うと見知らぬ人とうまくやっていけるか…と不安な様子だった。 勿論 入所という自覚も記憶には残らない。 人のお付き合いの他に 費用も心配なさっておいでだった。 具体的な金額までは理解なさっていないようなので 「年金の額から差し引いても多少の余裕があるとお聞きしていますよ」と伝えた。 ご主人は亡くなられたのだが 其の記憶が消えてしまっている様子。 だから 否定はせずにいると「主人が そういったのですね」と言われるので「そうですね」と答えた。
暫く 話していたら「話しにくいことを よく丁寧に教えてくださりありがとうございました」と言われた。 「また 明日 ゆっくりお話させてくださいね」と挨拶してフロアを後にした。
母のフロアに戻るとおやつが済んでいて 母の機嫌はまた悪化していた。 「散歩にでかけませんか?」と誘えば 手を振り切って「何すんの!」と怒り出した。 「ごめんなさいね」と謝って 風向きの変わり目を待ち玄関へと誘導。 ジャンバーを着せたり 靴を履き替えたり…風向きの変わり目を見極めながら 何とか外出体制に入れた。
外の風に吹かれながら 賛美歌を耳元で歌う。 ご機嫌は 良くないけれど…何かをキャッチしている様子だった。
20分ほど歩いて公園で一休み。 そこでも 賛美歌を…。 すると母は両手を組んで祈る体制。 言葉にして祈る事は出来ないが クリスチャンである事を自覚したように見えた。
今日の母は 拒否したり怒ったりの言葉は はっきりしていた。
散歩でやや落ち着きを取り戻せたようだった。 明日は 朝から入るので 夕食前にそうっと施設を後にした。
本来なら 活動日だったのだが 利用者さんに予定が入って 明後日に変えたばかりなのだ。 きっと そういう役目を負うために活動日が移動になったのではないかななんて感じたりした。
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