母のタイムスリップ日記
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2008年04月16日(水) すれ違う会話でも笑顔


リハビリの日。
朝は ちょこっと菜園へでかけた。
介護仲間が もう ざっくりざっくり耕し始めていてくれた。
作物の植え方を伝授戴いた。

ブロッコリーは 根っこから引き抜き 掘り返した。
今日は ここまで。

家に戻って洗濯と昼食を準備して母の所に出かけた。

母ともう一人の方が まだ食事中だった。
職員とバトンタッチして介助。
オムレツだったのだったけれど 母はもぐもぐしてなかなか進まない。
母はオムレツが好きである。
でも今日は いまいち。
調子が悪いのか オムレツに原因があるのかわからなかった。
ただ 飲み込みが悪いので 喉か歯の調子が悪いのかなとも思った。
リハの時間迄に食べ終えるかと心配だったが 歯磨きとトイレ誘導の時間が取れる感じで食べ終えた。

食事の終わる前に別のフロアから 昔からの知り合いの入所者が遊びに見えた。
少し挨拶をして 母の誘導のため居室に入った。
リハビリが始まり 後半母はうとうと。
今日は 結構足の筋肉が硬かったそうだ。
足の屈伸の時には 少し痛がっていた。

リハが終わって ホールに移動。
母と知り合いの入所者と並んで座ってもらう。
二人ともにこやかに笑顔をかわす。
笑顔が笑顔を呼んでいるという感じ。

二人とも記憶には残っていないだろうが 病になる前に一度くらい言葉を交わしている筈である。
孫の手編みのセーターをいつも褒めてくださっていたのだ。
「自分の孫にも編んであげているのでヒントになるわ」と言っていた。

穏やかな空気が流れていた。
話はかみ合っていない。
特に母は 言葉を受けて言葉を交わすことは殆ど無理。
でも 言葉を発するタイミングだけは合っているので「私 わからなくてね」と相手は受けてくれ笑っている。
母の話が判らないと言っているのではなくて「判らなくなっている自分だから…」という感じなのだ。

この方も 私と深い知り合いである事は記憶にあるが どういう関係だったかは消えてしまっている。
今日 気がついたが この方幻視が出ているようだ。
誰もいない方を向いて しきりに手を振っている。
「どなた?」とお聞きしたら 女性だったり 男性だったり 其の時々で違うが二人みたいだった。
かなり はっきりしているように思う。
でも 急にうつむいて塞ぎこむ一面もあった。
それでも お孫さんの名前はちゃんと覚えている。

夕方から雨との予報なので 遅くならないうちに施設を後にした。


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