母のタイムスリップ日記
DiaryINDEX|past|will
朝 寒いというので 母に私の布団に入ってもらい 朝食の支度でキッチンに移動した。
母の布団には パットが敷いてある。 でも 暮れからの滞在でパットまで濡れた事はなかった。 が 今朝 よりによって 私の布団にちょっとだけのつもりで入って貰ったら 横漏れを起して濡らしてしまった。 そう長い時間では 無かったにだけれど パットの入れ方をまずってしまったのだろうなぁ〜。
家族が それぞれ出勤した後 母の入浴介助。 誰もいないので 助けを求める事は出来ない。 「何とかなるさ」と楽天的に考え 入浴。
実は 朝食後の母の機嫌が最高に良かった。 時計の飾りがクルクル動いているのを見ながら 笑いこけていた。 起床時から食事半ばまでは 結構難しい顔をしていたのだけれど お腹が満たされたころから ほんとに笑いこけるのだった。 だから 何とかなるという予感があったのだ。
多少手こずる場面はあったけれど これまでの場面よりずっと楽だった。 洗髪も出来た。 湯あたりして困った事を思い出して 途中 水で濡らしたタオルで数回顔を拭いてあげた。 これが とても気持ち良さそうだったし 湯あたりせずに済んだようだ。
お風呂からあがって 髪の毛を乾かしたら もう昼食となる。
昼食後 トイレ誘導をして其の儘 玄関で待機。 今日は 施設に戻る日である。 31日から今日までの9日間の一時帰宅であった。 お正月なので 特に用事もなくて 母と一緒に緩やかに過ごせた。
タクシーを配車し 乗り込んだ。 乗車時 運転手さんは車から降りなかった。 でも 降車時は運転手さんが下りて 介助するために待機してくれた。 手を借りずに済んだが 心強かった。 特に 介助以来は御願いしていないので 運転手さんの判断である。
「ただいま」と施設に入る。 「明けましておめでとうございます」と入所者の方と挨拶を交わした。
居室に入って 手洗いを済ませて 荷物を棚に収める。 担当の職員が見えて 母に挨拶。 母がいつも私にしてくれるように 職員の頭を撫でてあげた。 「この人が…」と自分の意思ではなく 私に動かされていると言い訳をするような言葉だった。 でも 施設の職員とのスキンシップは 暫くの距離を埋めるのに必要な事だと感じた。 途中経過を伝え 薬を手渡した。
職員がおやつを準備してくださり ホールに移動しておやつを頂く。 この頃から 母は しきりに言葉を発した。 「あなたのご主人のいる…」と言いかけ頭を下げる。 「今日 あなたと…」と言いかけて 頭を下げる。 言いたい事は 伝わってくる。
一時帰宅して戻ってきた事は母に判るのだ。 「今日もいっしょ」と言いたいのだ。 すまないことだとは思うのだが…。
また 面会の日々で隙間を埋めていくしかない。
この期間 家族には 少々負担だったかもしれない。 でも 出来る限り家事は迷惑をかけないように留意してきたつもり。
気負うことなく 愉しい時間を過ごせたと思う。 母のストライキは こちらのペースに合わせて貰おうとする時に起きた。 入浴のストライキも 寒いだろうから早くというこちらの思いがあった事は否めない。 でも 最後に「勘弁」と謝るとほぼ許してもらえた。
排便のペースも施設とは違った。 特別な事はしていないのに便秘する事はなかった。 この間 牛乳は1回70cc程度を2回のみ。 食べる量の違いではないかと感じた。
また 起きている時間も長いと思うし 夜間のトイレに立つという事も 腹筋を使うことも多少影響があったと思いたい。
排尿に関しても 母は出来るところまで我慢しているように感じた。 昨日も 介護者の会が済んで 帰路にトイレに入ったら待っていたかのようだった。
食事の自立は この期間だけでは無理だった。 箸を渡せば ちゃんと持つのに スプーンを渡しても握らなかった。 そのくせに 自分でスプーンを手にしたときは ちゃんと握っていた。 母自身が意識すれば出来るけれど 意識しなかったら 持たないという事だろうか?
でも今日は 箸を使っていた。 朝 手で苺を食べていたけれど 昼に苺を出した時は食べる事はなくて スープの中にポトンと入れていた。 「駄目じゃないのよ」と笑いながら肩をぽんと叩いたら 笑っていた。 まるで 子供がやんちゃして遊んでいるかのようだった。
言葉は 少ないけれど 十分に気持ちは伝わっていると感じた。 冗談には 冗談で返すというアクションが見られた。
病は確実に進行しているのは 間違いのないこと。
|