母のタイムスリップ日記
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2008年01月08日(火) 母と共に介護者の会へ


「おかちゃん」と言う声で目覚めて トイレ誘導。
階段から コートを着て降りてくる夫。
「今 電話が入って 会社の人が自転車で転倒して救急車で運ばれ手術が始まる。病院まで言ってくるわ」

夫の会社では 昨日が新年会だった。
暮れの忘年会時期は 繁忙期となってしまい それどころではなくなって 新年会となったのだった。
夫は体調不良のため 頃合をみて帰宅してきており 事故はその後で起きたらしい。
会社の中心で責任を持って快く仕事してくださる方である。

トイレの中で「大宮に行きたい」と唐突に母は言った。
聞き違いだと思い 聞き返したら はっきりと同じ言葉。
どうしたんじゃ?

母のトイレを済ませてから 急いでお茶を淹れて飲んでから出て行ってもらった。予定では 帰宅して食事して会社に向かうという事だった。

夫を送ったものの もう眠りには就けなかった。
母は その後 また 何事もなかったように眠り始めた。

昨夜 1時ごろ就寝したけれど ちょっと寝付けなくて寝入ったのは2時から3時にかけての時刻である。
キッチンに立って朝食の支度をし洗濯機を廻した。

夫からも電話が頻繁に入った。
手術が長引いているという事で家には戻れないという事になった。

7時前に母を起して 食事。
娘も起して 簡略な食事をとらせ 送り出す。

今日は介護者の会があるので あれこれと準備しながら洗濯物を干して…と家事をして合間に母の見守り。
ふと 母を見た時モソモソ感があり トイレ誘導。
これが 思わぬヒット。
「大・小セットだった」
その後着替えて 昼食。
母にはしっかり食べてもらうが 介助する側はその余裕はない。

ゆとりを持ちながら 玄関に誘導し それぞれの戸に鍵をかけた。
今日の会では 有志が薄茶を点ててくださるので 早めに出かける。
勿論 母を連れて。

会に母を連れて行くのは 初体験。
「どうかな?」と思ったけれど いつもよりずっと落ち着いていた。
最初こそ 不安げだったけれど 皆さん 認知症のことに関しては理解が深いので 安心できた。
母はトータルで4時間 にこやかに付き合ってくれた。
話は 理解で来ていないものの 絶妙のタイミングで相槌を打っていたので
「まるで 全てわかっているよう」と仲間の1人が言っていた。
薄茶も 時折拒否しながら 全量飲めた。
みんなの仲間のわっかに入れてもらえたという実感は有ったと思う。

仲間の1人が 母の年齢を聞いて「私も 90歳まで生きてみたい。悪くないわね。これまで そんな年まで生きたくないと思っていたのに…」と言われた。仲間のいろんな言葉を受けて 今日 連れて出てみてよかったと思った。

あまりに「ちゃんとしている」といわれると複雑な気持ちとなる。
今日ほど出来ている事は 本当に稀なことなのだ。
言葉も 絶妙のタイミングで発しているので「言葉が出ていいわね」と言う。
今日は 特別ですと言い訳してしまった。

会でのお話は いろいろ出た。
課題もでて 其の事に関しては これから対応していく事にした。

会が終わってから スーパーに立ち寄り買い物。
母の足取りは 軽やかである。

家に着いても母の機嫌は最高に良かった。
急いで 夕食の支度したが 帰宅の遅い分 食事の時間は大幅にずれ込み 8時過ぎに食事。
食べ終える頃には 母も眠そう。私も疲れてきた。
やはり 寝不足は堪えた。

幸い 夫は早く帰ってきたので 一緒に食事ができ 娘は遅くなるという事で助かった。

食後暫く遊んで 10時過ぎに トイレ誘導後就寝。
母はキューパタンで直ぐに寝入っていた。
書きたい事はあるが 今日はここまでが限界。


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