母のタイムスリップ日記
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2007年03月06日(火) 不安の種


 今日は 介護者の会のある日だった。
前もっての欠席届は不用だが「お休みします」の連絡を下さる方も居る。
「行きたいけれど かくかくの事情でいけない」と電話くださる方も居る。
今日は 欠席が多いかなぁ〜なんて思っていたら お休みの続いていた人がひょっこりお見えになったり 隣の町の2ヶ所の介護者の会の方がお見えになったりで いつも通りの人数になってしまった。

でも いつもお見えになる方がおいでにならない。
断らなくとも良いのだけれど かなり大変な介護をなさってお出での方なので「何事か起きては居ないかと気がかりになったりもしている。

介護者に電話も良い時と悪い時があるので ちょっと悩む。
何か起きれば きっと電話くださると思うので しばし様子見。

新しい方が 役所から紹介された。
電話でお話した時「3月には急で 無理だ」と言われていたが 今朝 電話があって「やっぱり 行きます」という事でお見えになった。

介護者の会を後方支援してくださるというNPOの方も様子を見にいらしてくれた。
地域のNPO活動団体ではない。

最初にお知らせを数枚回す。
介護の上で必要と思われる情報である。
その時に家族介護教室のチラシも回した。
これまで これらの案内は広報を使っていたが 包括のお知らせが多いので遠慮してと行政から言われて 会に案内だったという。
確かに広報は介護者だけの物ではないと判っているけれど でも情報を取り込みにくい介護者にとって 広報は頼みの綱ではないのか?
インターネットが普及したと言っても 介護者の会のメンバーでパソコン操作のできる人なんて一握りである。
役所の家族会に行っても 同様である。
介護者は 相変わらず介護孤独状態なのに.。。なんと不親切なんだろう。

急な怪我や病で介護殿の申請が必要な時がある。
そういう場合 変更願いが出来るけれど 途中変更だとそのために審査する人に召集を掛ける必要があり経費がかかるそうだ。そこで 変更の申請が出来る旨を介護者に説明しないケアマネもいるらしい。
知らないでいると重い介護負担が暫く家族が背負う事になる。
いくら 経費削減できると言ってもどうなんだろうね。

活発に動き回る人は 施設側も敬遠気味。
医療行為の必要な人も敬遠気味。
そういう人は 系列の病院と施設を行ったり来たりとなる。
介護者は いつ「出て行って」と言われるかと冷や冷や。
医療行為とは言っても 排泄関連だと今回は言っていた。

在宅で排泄コントロールが困難になって緊急入院となった訳で でも受け入れ先がなかったら在宅になる。
医療面での看護の知識のない人は 介護者教室で学べるのだが 先に言ったように告知の場がないとねぇ〜。

数日前 ネットか新聞か忘れてしまったが「在宅で過ごす寝たきりの人が疱瘡になってしまう確率が高くなってきている」という記事を見た。
身体介護の学習会や介護者の会に参加してもらえれば いろんな方法を学ぶことが出来るのになぁ〜と思う。

出来事を羅列しているだけでも 行政が経費削減と端折ることの余波が見えてくる。

介護者の会にいらしても 先行く人の困難は耳にしていても現実に問題がないと割りに流して聞いてしまい 後で「あ〜こういう事だったのか」と納得することも多いのだ。
だから 介護無縁の状態の人には 更に見えないだろう。

そして 施設の話。
定年退職後の新職員の補充が難しくなって来ている上 特養の入所者が重度化しており 重度の人を優先してしまい 手が掛からない人は 後回しになってきていると言う。
これも 介護保険の余波とも言えるだろう。

かくして われわれの老後に黄色信号が点滅。
介護仲間は 看取り後施設に介護ボランティア登録し 通われている。
そういう手は これからの施設は必須となって来ると思う。
何れ 家族ないし介護者の手を借りなければならない時期が みんなに平等に訪れる筈。

さてさて 不安の種がいっぱいになってしまった。
そういえば 介護者の会には 年に数回は役所の方が見えて「困っていることがありましたら 何とか協力します」と声をかけてくれたのだが…。
担当が変わってから 1度も見えていない。
介護者の会も 一般の市民活動と同じレベルと位置づけられてしまっているみたいだ。
そこに不満を感じるのは 介護者の甘えだろうか?


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