母のタイムスリップ日記
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明日は 啓蟄なんだけれど…。 昨日 居間で「アシナガバチ」を見つけてギョッとした。 夏に見かける蜂よりスマートで弱弱しい。 家の庭に蜂の巣があるか ご近所にあるのか? あまりに暖かいので 季節到来と思って飛び出してきたのだろう。 かわいそうなので そうっと網戸をあけて退場願った。 昨日 今日は ほんとに暖かくて…間違っても無理はない。
母の語彙がめっきり減っているので 家に居てもとても静かだった。 母の困りごとは その状況と表情と僅かに残る単語で判断する事が多い。 少し前までは 口にする単語はそのものを言い現せていたので 読み取りは 割合容易に出来たのだが…。 最近は 違う。
先日 入浴中に排泄を我慢していた時は トイレ誘導後であり 排泄はないだろうと推測していた。 しかし この数日の家で発した言葉をツラツラ思い浮かべてみると サインはあったと思い当たった。それは 湯船の中で「結んで 結んで」と言う繰り返しの言葉だった。 母にとって 我慢している事の訴えだったと今日になって気がついた。
いつも そうなのだが 母の発する単語は 聞く人にはわかりにくい。 状況を見ないで聞いていたら おそらく判らない。
母が壁にかかっているボタ二カルアートの水仙の花の絵をみて おしゃべりしていた。 見ているものが判っているので 母が何を言おうとしているかが判る。 綺麗とか水仙とか花とかの言葉は 1度も出ないが言おうとしている事は判った。 今それをどういう言葉だったかと思い返すのだが どうしても思い出せない。 どういう意味だったかすらも。。。。 でも その時は 判って 母らしいなぁ〜と思ったのだった。
今の母に言葉が出なくて非常に辛そうな表情は少ない。 でも 少し前までは辛そうだった。 話したいのに話せないことが…。 本人の感じる時と介護者が「あれっ」と感じる時は ちょっとズレがあるように思う。 私が受け止め切れない時期 母はどんなにか苦しかっただろうと思う。
母の認知症の状況は 発症してから10数年を経過なので 末期といえるだろう。 今月満91歳。
話しかけられて 直ぐには理解できなくとも 数秒後「エッ?」と聞き返す。 時には 聞き間違えでとんでもない言葉が返ってくる。 1度聞き間違えると 思いこんでしまって正しい言葉が伝わらなくなる。 そういう時は 面白い話をしたり 歌を唄ったりして リセット。 それから 再チャレンジとなる。
短い言葉で 言い直すと「うん」とかと言う返事が返ってくるから 聞こうと努力している事だけはわかる。 言葉の維持は やはり 話しかけかなぁ〜。 手探りするしかないなぁ〜。
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