母のタイムスリップ日記
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2006年11月28日(火) 恩返し?

 
 昨年のお料理の雑誌を引っ張り出して読んだ。
昨年は 母の骨折騒動できっと読めなかったのだろう。
折り目のない儘だった。購入した記憶はあるのです。

巻頭の随筆に父親の作るとろろ汁についての思い出が記された。
作る過程で違うのは 自然薯を掘る所から始めるという下りの所のみ。
家の場合は 頂き物の自然薯が入ると…だった。

私の作るとろろ汁は もう おろし金で一気に下ろしてしまうが 
父の場合はすり鉢にあててゆっくりおろすのである。
出汁もわが流に作っておいた。
すり鉢のデコデコですって行くのだから 子供の私には果てしなく遠い時間である。父が私に命じておろさせる時もあって 手は痒くなったりで面倒な事するなぁ〜と思ったりであった。
その後 父が「良いよ」と言うまで 兄弟でかわるがわる滑らかになるまですりこ木をまわす。
粒々のなくなるまで。
そして 卵を割りいれる。2個くらいだったかな?
今度は 卵がきめ細かく泡立つまで。
すり鉢を押える役目は地味な仕事で 弟達は誤魔化してすりこ木を使う役目をしたがって 険悪モードになる事も。
父親の許可が出てようやくだし汁を入れていく。
すり鉢から溢れそうになるくらいまで増やしていくのである。

本では麦飯だったが 我が家は麦とは限らなかった。
あったかご飯の上にお玉で掬ったとろろ汁をかけて お変わり競争が始まるのだ。凄い競争になった事を雑誌を読んで思い出した。

ご飯に乗せて食べる時と 豆腐を入れたお澄ましの中にとろろ汁を入れるというのもあった。

結婚して こんな風に丁寧にとろろ汁を作る事はなくなった。
でも 覚えているのだからそうやって作ってみるのも良いかななんてボンヤリと思った。

今日は 隣り合う町の介護者の会に出かけた。
立ち上がって一年程の所である。
行政や包括が勝手に作る自主グループに公的に応援する訳には行かないと言う姿勢の様子という事だった。
確かに担当者が変わると協力体制も微妙に変わってくる。
そういう意味で大変さは何処でもある。
広く広報したいのに協力を得られないジレンマを感じておいでだった。

介護者の会をみんなが希望する訳ではないのだが それでもそれぞれの工夫や地域の制度をうまく利用する事 また地域の介護状況を変えていくには 介護者の声が集まる事は強みになるだろうと感じる。

会が終わったあと 代表の方と話しこむ。
この方から電話を頂き うちの地域の介護者の会に参加して頂いてからほぼ1年経ったのか…と思う。
体調を崩されながらも取り組まれる姿に教えられる事があった。
そういえば うちの地域の介護者の会も他の地域の応援があってここまで来れたのだ。
ひとつ恩返しが出来たかな?


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