母のタイムスリップ日記
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2006年10月23日(月) 腐ってみてもしょうがない…


 策を練っているつもりでいるのだが もうひとつ詰めが甘い私。
全く 駄目娘である…。

今日は 利用者さん訪問の日である。
土曜日に 施設にお願いしてきた事がある。
それは「月曜日は訪問活動の日で 一人暮らしの認知症初期の方なので 急なお休みは混乱のもとになるため 活動時間の間は 施設に預かって欲しい」と言う事。
了解を得ていたので 朝 施設に母を送っていった。
一方 娘は 病院に母の診察券を出しに行ってくれた。その足で 私を施設まで迎えに来てくれた。

そこで はたと考えた。
出来る限り早く活動を終える必要がある。
幸い利用者さんは 早い訪問は問題がない。(遅れるとヤキモキとなさるのだが…)
そこで 家に戻らず近くのパン屋さんで娘と朝食。
家には 食事の支度がしてあるので無駄になるが母優先なので仕方がない。
娘からは「自分は臨機応変対応が出来ない性格だから 前もって案を練っておいてね」と注意を受ける。 …すまんこってす。詰めが甘い親で…
娘と別れるとき 雨が降ってきた。
傘の準備がなくて 娘が車に積んである傘を出してくれ その上「寒くなりそうだからと上着を着なさい」と自分の着ている物を脱いで貸してくれた。

利用者さんを訪問すると…。
利用者さん 足がパンパン。
薬を点検すると飲み忘れが4日ほど。
その上 眼科通院を希望。
眼科通院はご家族がすると了承を得ていたのだが…。
利用者さんがしたくしている間に 途中まで調理。
利用者さんを眼科まで送る。
足の浮腫みがあって ご本人も歩行に不安がある様子。
とりあえず送ってから 戻って調理(4品)の続きとお掃除をした。

もう時間オーバーで 利用者さんを家まで連れ戻るのは不可能。
そこで 事業者に電話して ご家族に連絡を取ってもらい この状態を伝えてもらうことにした。

電話を切ってから 直ぐ鍵を渡すため眼科へ。
走りながら考えた。
「若し ご家族が留守だったら…」
眼科に着くと診察の終えた利用者さんとばったり。
其の儘 薬局に向かった。
そこで 苦肉の策。
薬局の方に薬が出たら 車の手配を御願いし 道路を横切らないで帰れるようにした。勿論 利用者さんの了解を得てだ。

これで 安心して 母の所に走った。
ふと気がつくと 利用者さん宅にブラウスを置き忘れしてしまった。
結果的には これが幸いしたのだが…。

施設では 昼食が始まっていた。
母は 朝もきっと食事風景を眺め 昼もそうなりかかっていた。
「自分のは?」と聞いたらしい。そう不機嫌にはならなかったようだが…。
私の為に ほんとに悪いなと思い「勘弁ね」といったら「大丈夫」と言ってくれた。
施設の車に乗って病院に向かった。

程なく診察。
が「ガ〜ン」
この病院もまた 今日の検査は無理と言うのだ。
医師は 別の病院の事も考えてくれたが…。今更 と言う時間である。
朝1番に診察できたなら それも可能だったのに…。

何故出来ないかに関しては 詳しく説明してくれた。
納得は出来ないが 理解は出来た。

困った顔をしていたら 看護士さんがグッドアイデアを出してくれた。
この病院の医師だった方が 近くに開院していて検査可能と言われたのだ。
ここでの血液検査の結果を持っていけば また採血しないで済むだろうという事だった。
電話番号を伺い 電話した。

が「ガ〜ン」
この開業医は11月12日まで予約でいっぱい。キャンセル待ちなら可能という事だ。しかし 毎日ご飯を食べないで待つわけには行かないので 取りやめた。

再度看護室に戻って事情を報告して 血液検査の結果表だけ頂き 後はこの病院の検査と診断結果を聞く日を予約した。

一連の事は施設にその都度連絡し 今日は施設に戻る事にした。
私は朝 とりあえず朝食を摂ったが母は水すら摂ってない。

途中で 買い物をして取り合えず口に運べる物を購入し施設に戻った。
プリンとワッフルとふかし芋を少しづつとお茶でお腹をこさえて貰った。

母は通院の間も買い物の時もご機嫌なのである。
頭もしっかりしている。

医師とのやり取りの間じっと聞き入っていた母。
その後 二人だけになった時に聞いて見た。
「検査のため胃カメラを飲む事になるけれど どうする?検査受ける?受けない?」と聞くと「受ける」と言う返事。
きっと検査を受ける段になれば 嫌がったり拒否も出るだろうけれど 前もっての質問にはそう答えてくれた。

また 買い物途中で 花屋さんの店先でハロウィンの飾りをみて「可愛い」と言い「買いたい?」と聞くと「買いたい」と言うのだった。
幾度か質問を変えて聞いてみたが やっぱり「買いたい」という意思は変わらなかった。 余程気に入ったのだろう。
でも 選ぶのに時間がかかりそうで 一刻も早く施設に戻って食べ物飲み物を口にさせたいので「後でにしようね」と通り過ぎてしまった。

施設に戻り 医師とのやり取り看護士さんのお話を施設長に伝えて 今後の事を再検討。

結局 経過観察を重視するという事で 今日通院した病院で検査を受ける方向で動く事にした。
土曜日に通院した病院の検査予約はパスするつもりだが 直前までは予約は取り消さないで置く事に。
まだ 様子見は続くだろうから。

医師との話しの中で何故検査できないかと言う事が見えてきた。
・病院としては中規模で内科医が少ないという事。
・C型肝炎の検査が必要という事。
(これは 肝炎キャリアとは使う器具を分けているためらしい。大きな病院 は 器具も多いので直ぐの対応も出来ると言う事だった。
 ただ 個人医院の検査は 開いていれば直ぐにできる所もあるので個人医 院の方が早いと言い方もしていた)
・母は バファリンを使っているので 5日ほど服用を取りやめる必要がある
 という事。これは 土曜日に通院した医師も同じ見解
 血液をサラサラにする薬は 傷ができた時出血が止まり難いから検査の時
 万が一傷ついたら困るという説明だった。
これらの事も大量の吐血と言う事態になったら救急体制だが そうでない状態の時は やはり 慎重に…と言う姿勢らしい。
ただ 昨年12月通院した病院は 救急で受付けて即検査してくれた。
ここは 判断の分かれるところだ。

勿論 そういった事はボンヤリとは知っていた。
また 最初の時には 検査はしないと伝えてもいたので 少しはこちら側にも責任があると感じている。

言い訳するなら 急場の時なら…と言う思いがあった。
家族としては やはり こんなに早く繰り返すという見通しがなかった。
在宅なら 覚悟を決めて此の儘受け容れていくつもりだが 託している身なので 原因も判らず繰り返されたら困るのは施設だろうという思いもあるのだ。

私が 今 受けている事を全部断れば 在宅も可能だが…。
「危篤なら そうも言っていられないけれど…」という思いは やっぱり 医師の立場と同じ感じ…非常に微妙…。
空いている時間だけならいくらでも見るけれど 今の今 母を引き受ける体制にないと言う現状なのだ。

おそらく 私の読みでは急激な変化はないだろうと思っている。
血液検査の結果から貧血も見られない。
でも 万が一という事は心の隅に置いている。
万が一は 在宅においても同じで…。
そういう意味で 爆弾は抱えた儘。

90歳で認知症と言う微妙な身体。
命を軽んじるとか介護が面倒と言う考えではない。
母にとってより良き道を模索しなければならない。
母が「生きていて楽しい」と思える時間を維持しながら過ごせるように…と願う。
今日だって 帰路の買い物は 楽しそうだった。支えがあれば歩ける。
この生活を続けさせてあげたいのだ…。
迷いながら 悩みながら 歩んでいくしかないみたい。
母に不出来な娘である事を詫びながら…。

施設からの帰り 忘れ物を取りに利用者さん宅に立ち寄った。
通院のお話もあるだろうし…と利用者さんの望みに従って上がらせて貰う。
あれからタクシー移動で整形に行き 注射を打ってもらい痛み止めの薬を頂いた様子だった。
慌てて 薬を見せてもらい 誤服用を避けるため 薬を小分けして間違いのないように詰めなおした。
今日 再度 薬の管理の件も事業所を通してケアマネに伝えて貰ったばかりなのだ。
利用者さんには「痛み止めは出来る限り控えて…」と伝えた。
が注射の件は伝えていない。
注射もあまり良い方策ではない事は 想像が付いているのだが…。
「動ける生活を続ける事」を優先は 母と同じである。
1人暮らしを大事にしたいと思っている利用者さんだから…。
整形の医師だってリスクは承知している筈だし…長年 御世話になっているのだから気持ちは同じだろう。

「戻ってきたら しっかりおかずも作ってあったので ご飯も食べられました」と言われた。おそらく 次のヘルパーさんの時までは 間に合う筈。

利用者さんには 母の事は言っていない。
話せば また 私の訪問がなくなる…と不安がるだろうから。

駄目な時は一気に。
そしてヘルパーさんと気心が知れて次の人に変わっても大丈夫になる時まで母にもがんばって貰わねば…。

家に戻って夕食の支度をしながら 薬の事を伝えるのを忘れた事に思い当たり急いで施設に電話した。
検査日まで バフャリン中止。ヤレヤレ。


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