母のタイムスリップ日記
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2006年10月08日(日) こんな時我慢しなくとも良いのにな。


朝 「芋煮が食べたいな」という家人のリクエストに 母にも届けようと仕込みを始めた。
施設に電話して 特に変わらないと聞いて お掃除も…。

汚れって 気になリ始めると頭から離れなくて「今日もやらなかった」と悔いてばかりだ。かといって エイヤー!と掛声だけで全て片付く訳ではなくて…。

今日は 寒くなるとなかなか出来ない浴室掃除をした。
タイルの目地を洗剤なしでブラッシング。
浴室の小物たちを集めている台もブラッシング。
蛇口もすのこもふたもブラッシング。
手桶や洗面器も洗った。
浴室のガラス戸やレールもブラシをかけた。

そういえば…とキッチンに入って 収納棚と扉をお掃除した。

使い終えれば 軽くお掃除はしているが…ついついササッとしてしまっているんだなと反省。

気が付けば 陽が傾きかけていた。
洗濯物やオムツ それに芋煮を持って エッチラオッチラ出かけた。
駅まで後5分の所に差し掛かった時娘から電話。
車で出向いてくれるとの事で待つ事にした。
すると信号を渡って夫がやってきた。
「そんなに荷物持って何処行くの?」
「母の所に夕食介助に行ってくるわ」
「ご苦労様 一足先に帰っているよ」
程なくして 娘の車が来て乗り込んだ。

娘共に施設に入ると4時半で既に夕食が始まっていた。
慌てて 芋煮を器にあけて貰った。
でも肉はまだ駄目という事だった。
薄切りなので少しだけと御願いして入れてもらう。
お粥さんと一部ミキサー食で 無理をするつもりはないが なるべく早く噛む食事へ移行させたい気持ちがある。
1度ミキサーになるとガタガタと落ちていきそうで少し不安でもある。

芋煮を一口運ぶと母の笑顔が見られた。
「判ったよ」という気持ちを目で訴えてくる。
娘もそれを感じて「良かった」と言う表情。

ゆっくりと介助した。
途中幾度か口を閉じた。
気分が悪いのか 単なる拒否なのか…。
それでも 何とか全量食べ終えた。
いつもより少な目の盛りだ。

それでも お腹いっぱいの様子だった。
ちょっとした時にクッと揚げっぽい様子で目に涙。
慌ててティッシュと洗面器を運んだら「構わないでいい」と目で訴える。
それでも気になって ティッシュを口に運ぶと「いらない」と言う。
しばし様子を見ていたが 治まったようだった。

やはり 調子はまだイマイチなんだなと感じた。

母の困った所は 嘔吐しそうになったり 嘔吐し始めても迷惑をかけてはいけないかのようにグッと我慢して 飲み込んでしまうのだ。
おそらくはかなり酸が強い筈で気持ちの良い物ではない筈なのに…。
「出して良いのよ」と声掛けするのだが 堪えてしまうのである。
見ていてとても切ない場面である。
まるで これ以上世話を掛けてはいけないと思っているように見えるのだ。
病んでいるんだからそんなに我慢しないで良いのに…と思ってしまう。

母の嘔吐の件は故郷の弟たちにも伝えてあった。
が その後の問い合わせの電話がなかった。
こちらとしては 1度伝えたのでそれ以上の事はしていなかった。
今さっき 弟から「今更なんだけれど…その後どうか?」と電話が来た。
経過説明をして まだイマイチ状態と伝えた。

問い合わせが来ただけ良いとしなくちゃならないだろう。
それにしても 問い合わせが 3日後の夜ってなぁ〜。
緊急時は 当てにならないという事だろうな。


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