母のタイムスリップ日記
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2006年06月21日(水) ずるいけど ごめん。


 リハビリの立会いのため施設へ。
面会を2日間休んだのでちょっと気になっていた。
母はホールで食事中だった。
他の方は 皆さん食べ終えていて母一人がモグモグ。
未だ 4分の1しか食べ終えていない。
「機嫌悪そうでしたか?」と職員に伺うが「機嫌は悪くなかった」という事だ。介助をしても 飲み込みが遅かった。
何処か調子が悪いかと思って 「元気?」と聞いてから 頭から順繰りに痛いところはないか 気分が悪い所は無いかと聞いていくが 特別 痛んだり気持ちの悪い所はなさそうだった。

それでも やっぱり食べる速度はいつもよりずっと遅かった。
療法士さんが見える時間が迫って来たので おかずだけは全量摂取でご飯は半分以上を残し終了。
トイレに誘導し 支度をした。

それにしても 今日の母 いつもと何処違う。
「判らないの」と幾度か言っていたので きっと記憶がいつもより途切れてしまっている可能性があるかなと感じた。
小さな脳梗塞かな?

療法士さんも いつもと違う事に気が付かれた。
血圧は良好で問題なし。
神経をくまなく見ても 特に問題となるような所はないとの事でホッとした。足のリハでは懸命に動かしていた。

リハが済んでから 暫く横になって貰っていた。
すると 母は仰向けから横向きになり肩肘で頭を支えて周囲を見渡した。
まるで 初めて来た場所のような目で見渡していた。
やはり 記憶のせいかもしれない。
こればかりは MRI等で検査しないとわからないだろう。

それから 先日 横になった状態から立ち上がる練習に入った。
母の視線に入るように私が四つんばいとなった。
が母は真似る気配はなかった。
仕方ないので 先ずは横向きから腹ばいに成るように右手を右側に抜いてみた。「う〜いや」と瞬間言ったが 直ぐに左手で上体を起し次に右手も付いた。右膝を押し曲げたら 左膝は自分で曲げた。

骨折以来 寝返りも無理かと思っていたが 左手の痛みが消えているなら可能だろうと気が付いたのだ。
やはり 筋力的には問題はなかった。
後は思考回路の問題。
身体を動かすという事は 長年自然に身に付いた事だろうから 思い出せれば可能だろうと思ったのだ。
四つんばいから椅子までのはいはいは 私を真似て出来た。
椅子まで来ると 後は母の回路が回りだして椅子に手をかけて立ち上がろうとした。
母が 椅子にどの程度依存するか判らないので 椅子をしっかり押えた。
どうも腰の上げ方がつかめない様子なので 椅子を押えながら母の腰を少し持ち上げた。
後は 何とか自力で立ち上がり 母はニコニコ。
何となく 母に 達成感が生まれたようだった。
骨折以来 半年以上こうやって立ち上がる事をしなかったのだ。
1人で出来るようになるには もう少し時間がかかるだろう。
でも やってみて良かった。ちょっと先の展望が広がった。

「お散歩行こうよ」と母を誘う。
母には 言葉が理解できないようだったが玄関まで移動すると外出を理解できたようだ。
外に出ると「やっぱり外がいいね」と初めて言葉らしい会話が成立した。
「元気?」「元気よ」オウム返しの会話でも 通じている事が伝わってきた。
 
橋の中央のベンチで休息。川の先のほうを指して「真っ直ぐ」と言う。
「そうだね。ずっと先まで見えるね」と言うとコックリ頷いた。
川べりで休息している人を指して「何かある」と。
「そうだね 一服しているんだね」「人?」「そうよ」

少し休息後 また歩き出す。
今度は母の気持ち任せのお散歩。
大きな道を目指して歩き出した時 昼食が半分だった事を思い出し
「お腹空いた?」と聞いてみた。
「そうだね。空いている」
そこでファミレスに入る事にした。
お店に入って間もなく「お便所は何処?」と聞いてきた。
即座にトイレ誘導。今日は母の意志でトイレに行け 成功した。
「やったね。よかったね。嬉しい」と言うと母もニコニコ。

こうやって 少しずつ言葉を取り戻した。
いや 会話と言ってもほんの僅かな単語なのだが…単語ひとつでも十分伝わる会話が成立なのだが。

ファミレスを出て 更に遠回りして 施設に戻った。

みんなでおやつとなった時 他の方とおしゃべりをし話が弾んでいた。
母の表情に変化はなかったのだが…。
その後のトイレ誘導の時 母は堰をきるように話し始めた。

「あの事をする時に…どうなるかと言うと…」→…の時は 言葉を捜すように必死で考えている様子だ。
「うん判るよ」と言うと 直ぐに
「だから あの時こうして… …」言葉に詰まる。
「そうだったのだね。大変だった?」
「そうだね」

こんな具合で 何を話したいのか理解できないけれど「判ったよ」と言う合の手をいれてようやく会話らしき事が成立するが 意味は判らない。
でも 母はきっと他の人と話をしているのを聞いて 自分も話ししたかったのではないかと思い当たる。
確証はないが 勘は間違って居ないような気がした。

拗ねられるよりも こういう方が私はちょっとだけ気が楽だ。
私って ずるいんだね。


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