母のタイムスリップ日記
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2006年06月13日(火) 褒められた母


 突如として明るみに出た問題は 未だ解決していない。
夜間にお互いに連絡を取っては 相変わらずだ。
私は 離れているせいもあり本人とも会っていないし話してもいない。

けれど 周囲から聞こえてくる話では 責任転嫁の様相という事だ。
どちらの親族からみても 本人の責任は明確なのだが…。

とても頭が痛い。
昨夜は 寝付かれなかった。
こんな日が何時まで続くのだろうか?

母の日記が とんだ愚痴零し日記だ。
介護とは直接関らないのだから この辺で辞めておこうっと。

今日は 母の介護保険の更新のための調査日だった。
母の介護度は この数年要介護4だ。
調査の度に思う。
微妙な変化をどう伝えるかである。

昨年の調査の時はどうだったろうかと日記を見てみたら…。
トイレ誘導時 1人で立位出来ていたし 不安な時は自分から手すりに掴まれた。が今は トイレに誘導する時には 先ず手すりに掴まるように手を手すりに誘導している。
状態的には 立位は出来ても手すり優先になってきているのだ。

食事も介助が必要なのは変わらないが 介助の確率がかなり高くなってきている。

歩行は 昨年 足の浮腫みもあり足首の動きが悪く転倒危険だったが 今は足首の動きよりも バランスが取れないための転倒が心配。

おそらく 今年も要介護4だろうな。

調査が始まった。
名前を聞かれても「それは?」と調査の方のノートをみたり。
質問には 答えられない。
生年月日も名前も自分でいう事は出来なかった。
確認するように名前を呼ぶとコックリと頷ける。

最初から 質問に答えるのは難しそうだった。
ちょと助け舟を出してこちらが質問の言葉を繰り返すと母は答える。
質問の仕方で変化があると調査員さん気が付いた。
それでも その事に気が付く方は案外少ない。

認定調査を受けながら「妄想」の事を聞かれて フッと思い出した。
昨年は 何かの薬(風邪かな?)を服用した後で そういう事が多かったのだと思った。
一見 認知症の症状と思えるが 通り過ぎてしまわないと何が原因と判らない事があるなと思う。

先に書いた立位の所では 言葉での説明は難しかった。
実際に椅子からの立ち上がりも出来なかった。

調査が済んで ホールに移動する時の様子を見られて ソファーに着席する様子を見られた調査員の方は「あ〜なるほど ドンと据わってしまうのですね。そういう事ですね」と納得なさっていた。
座る先は 母自身 あらかじめ確認するのだが 座る段に椅子にきちんと合うように座れるかはみないし 半分お尻が椅子からはみ出て危険なのだ。
だからそこまで細かに配慮する必要がある。
ここまで丁寧に見てくださる調査員は居なかったなぁ〜。

調査員の方が帰られてから 施設の昼食を断って外出。
家に連れて行き入浴させようかとも思ったが 紫陽花観賞に出向く事にした。バスに乗って出かけた。
今日は 脚の動きがまあまあみたい。
バスのステップも無難にこなせた。
運転手さんの配慮も良かったのだが…。
隣り合わせて座っても不穏になる事はなかった。
バスを降りる時も人に迷惑をかけるほどのろのろしていなかった。

バスを降りて 昼食の場所を探りながらトコトコ歩く。
前のめりは相変わらずだが 両手介助も安定している。
歩く気力は十分。
バスを降りてから2キロ弱は 休息なし。
1度腰を下ろして休息しお茶を飲んでもらう。
それからまた歩く。
昨年 庵でお抹茶を頂いたので庵の方に行ってみた。
生憎 茶会はなかった。
 
庭を歩いてみた。
飛び石があった。
最初は飛び石を使わないようにしたが 興味もあって飛び石を使って歩くように声をかけた。
最初は うまく行かなかったが「次の石にポン」とリズミカルな声掛けをしている内に次第に上手に渡れるようになった。
私は 湿った苔の上を歩くので歩行注意で両手介助。
でも 上達していく母の誘導は 楽しい。

母と私の二人連れは かなり目立つ。
足元のおぼつかない母の誘導なのだから 声も高いし…。
幸い 母も嫌がって居ないので過酷な姿には見えないみたいだ。
今日 出会った方は 異口同音に母を褒めて下さった。
だから 嬉しかった。母を褒めてくれる人って案外少ないのだもの。
一緒に楽しめるのも 母の努力の賜物なのだもの…。

介護者に労いをかけてくださる方が多いけれど 母の努力あってこそ叶っているんだもの。

昼食は何処も混雑。
お蕎麦屋さんに入った。
母は元来麺類は苦手。
でも今日の天麩羅蕎麦は「美味しい」と言っていた。
1人で食べる事など到底無理。ごった返す店内で全介助。
1人で食べられるように 湯飲みを借りて小分けする工夫したけれど…。
空いたテーブルの隣に座った方 先に庵の庭で言葉を交わした人だった。
笑顔で「先ほどはどうも…」という事に。

お店を出て 駅のトイレにまっしぐら。
しかし 構内工事中だった。
エスカレーターと階段を使って トイレまで行くしかなかった。
上りのエスカレーターは何とか乗れるけれど 下りるのはちと心配。
でも広めのトイレはここしかないので「どうにでもできるさ」と自己暗示をかけてトイレに向かった。丁度良いタイミングだった。
下りるのは階段を使うことにした。
手すりもあるし 行き交う人も少ないので 時間をかけて 何とか無事下りられた。

更に歩き「ケーキでもどう?」と母を誘う。
「要らない。ホラ あそこまで…」と何かに向かってまっしぐらに歩き出す。幾度聞いても「要らない」と。
正面からの誘いは無理と判断。
「あの 向こうに渡りますよ」
一度は撥ねられたが 2度目には受け容れてくれた。
其の儘 ケーキ屋さんに入った。

ケーキを見ると目が光った。
先ほどましっぐらに歩いていたのがまるで嘘のよう。
ケーキとハーブティーを頼んだ。
こちらはソフトクリーム。
ケーキセットと私のソフトクリームの半分は 母がぺろりと平らげた。
良かった!

ここでようやく 少し落ち着きを取り戻せた。
それからバスに乗り込み施設に戻った。
バスを降りても元気は変わらなくて 更に遠回りをして施設へと戻った。

玄関に○さんが要らした。
目に付かぬように外鍵を開けたら…。
「あらら 大変。私閉じますよ」と言ってくれた。
ドアを背にして 後ろ手で鍵をかけてから「ありがとうございます。お願いします」と。
でも 閉じたドアに何の不思議も感じて居ない様子にほっとした。
○さんは 母の大変さが心配の様子。
「いいですね。私も こうなったら 面倒見てもらえるかしら?」と聞いて来た。
きっと「母のようになったら…」と思われての事だ。
「はい。大丈夫ですよ。だって ○さん 優しく思いやりがある方ですもの…」「そうかしら?だったら嬉しいわ!」

○さんは 進行した認知症の方には とても優しい。
もともと攻撃を掛ける人ではないみたいだ。
ただ すこし出来る方には お節介が目立ちそして努力すれば出来るという言葉が目立つ。これは 少し厄介かも。

職員が○さんのために 書道の道具を準備なさっていた。
書き始めるまで様子を見ていたが 嫌がる様子は全くなく すんなりと筆を持たれ書き始めた。
「天下」と言う文字を見て吃驚してしまった。
師範並みの文字である。
しっかりしていて 力強く バランスも良い。
ご主人のお話を聞く限り 発病したと思われる時期から4年は経過している。
きちんと診断が出来たのは昨年でアルツハイマーだった。

歌唱力と言い書道の事と言い そこから見る限り認知症は 想像できない。
施設に入って10日あまり 鬱を思わせることもなくて…。
ただ 見えないものが見える様子だ。
今日「公園に人が居るわ あんな所に立って…。見て御覧なさい」と言われたが 公園には人っ子一人居ないのだった。
おそらく 薬のせいだろう。
職員は 服用する薬が多いと言っておられたから。


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