母のタイムスリップ日記
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今日は活動日だった。 それは それでいろんな変化があり 利用者さんからの質問に精一杯答えた。施設入所を念頭に置きだしている。 母を施設に送る時 私は母にきちんと説明できなかった。 ご自分で これからの事を決めようとなさって居られる利用者さんなので お気持ちの変化やご家族への思い等を学ばせて頂き 私の知る限りの状況をお伝えして行こうと思った。
活動を終えて家に戻ったら 友人から電話が入っていた。 掛けなおすと「久しぶりに歩きたいから行くよ」という事だった。 彼女は ストレスから体調の変化が激しい状態。 現在「失明するかも…」という宣告も受けている。 ほぼ同じ年である。 以前なら40分歩いてへこたれる事のなかった彼女が「疲れた」と腰を下ろし「お水頂戴」と言った。 眼鏡をかけて深く帽子を被っていた。 私も母の所に行く用があるので ゆっくりとしたペースで歩き 途中珈琲ブレイクをとり話しこむ。 今の家の中の事情やご実家の事をお話してくれた。 お母様が認知症で 骨折して今は施設に入所なさっている。施設入所は骨折がきっかけで 病が急速に進行しているという事だ。 発症は 母より10年位後。ほぼ寝たきりに近いと聞いている。 この事がショックではなく 家族関係のゴタゴタに参っておいでのご様子。 同居なさっているお義母様は お元気なのだが なかなか難しい方で気苦労が耐えないのだ。 それでも ガンで入院なさった時はきちんと介護なさり お義妹様が病の末期と聞けば お義母様を連れて遠くまで同行なさる。 ゆっくりと話を伺い おもむろに我が家の事情を話すと「なんて事なの。私より大変じゃないの。」と言い出す。 「いや 大変さなんてことじゃなくて…人間としての哀しさみたいなものでね」と言い訳をした。
遅くなると母とお散歩できなくなるので 2時間近くお話して別れた。
母の所に出向いた。 今朝方 母のフロアの方が亡くなられた事を知る。 「危ない」という事はお聞きしていた。 言われるまでもなく 普段見えないご家族が面会にいらしていたので察してはいたのだが…。 臥せっていても車椅子に乗って みんなのいるホールにいたくてテーブルに突っ伏しながらもじっとみんなと過ごされていた。 ほんとに寝込んだのは 3.4日。 いろんな事があったけれど でも長く寝込まないでいられたのは 職員の配慮の賜物と思う。 亡くなれた方に「今までありがとう」と感謝した。
いつも木曜に面会に見える入所者のお嬢さんが 今日面会にいらしていた。 介護保険の更新のための調査日だったようだ。
母を散歩に連れ出した。 「寒い」と言うので 戻ったが 結構歩いた。 母の機嫌は 悪い日だった。 私が着く少し前から機嫌が悪くなったようだ。友人と話していなければ良かったのかなと反省。
散歩のついでに花屋さんに立ち寄り シンビジュームを切花を購入。 明日がお誕生日の方がおいでなのだ。 ご家族の面会もないので 気持ちだけのプレゼント。 母の散歩に時々寄るので お花屋さんも承知して特別安く売ってくださった。小さなリボンをかけてくださった。
散歩から戻って そうっとお花を渡す。 「明日 お誕生日だものね」と言うと「ありがとう」と言ってくださった。 母のお隣の部屋で 母が時折迷惑をお掛けするのだもの…。
職員とお話があるので 少し帰りが遅くなると思い 面会に入らしたご家族に「お先にどうぞ」と言ったが 待っていてくださった。 その間にちょこっと 家の事情を零した。
職員のお話も済み 帰ろうとしたら「送るよ」と言ってくださり そのご家族の車で送っていただく。 この方 只今介護系のお勉強を新たに始めて居られる。
そこで ポツポツとご自分が親の介護に入った事情を話してくださった。 今日 私がちょこっと漏らしたお話に関係するような事で 人事と思えなかったようだ。 そして「○さん(母)は優雅にお過ごしと思っていたけれど…」と言われた。開設当初から入所なさっているのだけれど…こういったプライバシーに関る部分でのお話は初。 そこから延々とお話なさって…。 みんな 認知症を挟んでいろんな事があったんだな。私だけの苦労ではなかったのね」と涙ぐまれていた。
家に戻るとまた弟から電話が入っていた。 こちらから掛けなおし話を聞く。 その話しに ちょっぴり安堵した。解決にはまだまだ遠い道のりなのだが…。
でもね。母の事では電話はなくて こういう時だけは電話来るよね。 「これが 姉の役目なのよね」と長女の立場の友人が言っていた。 「身も心も元気でいればこそ出来ること」と感謝ししつつ。
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