母のタイムスリップ日記
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2006年05月14日(日) 母の日

 施設に行き真っ先に母にプレゼントを渡した。
カーネーションの付いた包装を見ても「?」
こちらが箱を開けて中味を見て貰う。
「わぁ〜いいね」「○○チャンのものよ」
カードを渡した。
「お母さんに ありがとう♪」に こくりと頷く。
カード見ると 私が書いてない文字があった。

「○○ちゃん」にプラスされていたのは「へ」
「○○」にプラスされていたのは「より」

きっと そう書くべきだろうと思っていた。
でも 敢えて書かなかったのだ。

腹が立ったりはなかったけれど こういう距離の取り方は 理解して貰えないんだなという事を改めて感じた。

母は 今日親子を何処かで理解していたんだろうと思う。
母の日の行事は 無事に終了。
参加家族は少ない。
行事の時間をずらして面会と言う家族も要らした。

以前は もう少し違っていた。
家族が関る率は高かった。介護する人たちが若い世代になってきて ちょっと変化してきているような気がする。

行事が済んでも 暫くはフリータイムで過ごしてよいという事だった。
そこで顔なじみの方をテーブルに集めた。
いや 実際の所はフロアが違う人たちが同じ所に集ったので「お話したい」という要望もあったし「唄いたい」と言う人もいたので集まって貰ったというのがほんと。
その中に 母と同じ故郷の方がおいでだ。
私はいつものごとく 母に「故郷が同じなのよ」と初めて紹介するように話した。と 母は「知っている」と普通に言った。

これまで 何年も同じように紹介してきた。
母は その度に「へぇ〜」と言っていたのに…。

この事で いろんな事を考えてしまった。

行事が済んで母のフロアに戻った時 みんな疲れていた。
肉体的な疲れと言うよりも 沢山の人のなかで神経を使って目いっぱい人の話しに耳を傾けたからだろう。
行事は 無理のない程度のもので お互いを気にかけて良い雰囲気だった。
普段の生活とのギャップから 疲れたのだろうと思う。

夕刻近く施設を後にした。

実は 今日は「明日の記憶」を見に行く予定だった。
娘が見ると言っていて誘われていた。だから2人の予定だった。
が夫は珍しくお休み。娘は仕事。
娘は夫に「一緒に行こう」と誘い「明日の記憶」を見たくなかったら別の物をみればいいでしょと言っていたそうで 少なくともお母さんを映画館まで送ってあげて…と頼んでいたようだった。

家に戻って夫からそう聞いて「「見てみようよ」と誘った。
一度は「そういう映画嫌いだ」と言う。
夫は映画が大好き。さっさと1人で見に行くタイプ。

「迫るような暗い仕上がりじゃないみたよ」と言うと返事はしなかったが「何時からだ?」と聞いてきた。
時間だけ告げた。その時間になると支度を始めたので「見る気になっているんだな」と判った。

家族3人で見る映画と言うのがこれで幾度目だろう?
この映画は きっとそれぞれ違う視点で見ることになるんだろうと思った。

母の介護も受け止め方は大分違う。
きっとそれと同じ形で見ることになるんだろうなとボンヤリと感じた。

映画の感想は…。
今上映中でこれからと言う方もおいでと思うので詳しい事は避けて。
ただ 淡々とした中で さらりと本髄を付く映画と感じた。
私は 認知症の人の悲しみも介護者の悲しみも両方の思いに立ちながら見てた。
象徴的場面の大滝秀治の姿に心打たれた。

他の場面でも「そうだね」という場面は多かった。
見て良かったと思う。

母の思いを知るという事を思えば 母の日にふさわしい映画だったと思う。


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