母のタイムスリップ日記
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2006年04月24日(月) 「はないぬき」


 さっきまで教育テレビを見ていた。
ハートをつなごう
▽認知症・涙と笑いの本音トーク

昨年出会った方がご夫婦で出ていらした。
緊張の様子はなく 普段の儘だった。
涙は 見た事がないので驚いた。
VTRで映像をみて涙を浮かべたのだ。
ご自分の困難な時代を思い出されての事と言われていた。

皆さん 明るかった。
ご家族との距離が安定してしだしているからだろう。

でも本人にも言われている事は理解出来てもできない事が多々あるようだ。
それが 本人の苛立ちとなるようだ。
こういう時 テーブルをひっくり返したりするようだ。
自制力のある方は 誰も居ない時にひっくり返すと言われていた。
激しい動作は 本人が不安でたまらなくなった時に出るものなのだろう。

家族も受け容れるのが困難な時もある様子だった。

仕事を手伝われたり 餃子を作って居られる映像を見て 母の在宅の頃と姿と重なってジワリときた。
「もしも 在宅で踏ん張っていたら 餃子もまだ作れたかな?ハンバーグも作れたかな?」

母が我が家に来た時「お客さんではないのだから 何でも手伝うよ」と言った。「ガスが危ない」と家事からはすっかり遠ざかっていたのだが…。
火を使わないでも できる仕事があった。
食器洗いや編み物。野菜洗いや野菜の皮むき。大根おろし。ハンバーや餃子作り…。

母も作ってくれた日は夫や娘にも伝えておいた。
夫も娘も「凄いねぇ〜。美味しいよ」と言ってくれていた。
それが 母にはお世辞と判っていても「とんでもない。ちょっとしか作らないのよ」と嬉しそうに笑っていた。
そういう夫や娘の配慮が嬉しいと母はよく言っていた。

食器洗いも 綺麗な時とそうでない時があった。
手を出す事が躊躇われて任せていた。洗って布巾で拭く所まで。
洗いが完全でない時は 布巾汚れを拭く形になった。
だから 布巾に汚れがかなり付いた。
でも その布巾も母が洗ってくれた。
「汚いよ」という言葉を出す事が時に出来なくて 後からそうっと洗いなおした。

編み物は 母が編みやすいように目数を増やさないストンとした物を編んでもらった。目数を増やすとどんどん大きくなってしまう。
「こんな 形じゃおかしい」とよく言っていた。
「今 流行でね。こういうのを作ってって言うのよ」と娘と二人口裏を合わせて訴えた。

作業をして貰ったら「有難う。助かった!」とお礼を言った。
「こちらこそ 粗相結構で…」と恐縮する母だった。

母とは冗談も良く言いあい笑い転げた。
ちょっとの事もオーバーに笑っていると「あんたは ほんとに楽しそうだね」と貰い笑いをしていた。
今日のテレビの出演者の中にもそういう方がいらした。

教育テレビでは 後3日続けてこの様子を放送するそうだ。
そういえば NHKの取材を受けテレビに出るって言ってたっけ。

今日は お散歩に出た。
外出する時「財布が…」と言った。
「ほら 預かってるよ。何か欲しい物が有るの?」と聞くと…。
「可愛いのを…」と言った。
「うん 判ったよ。次に可愛いの探しにお店に行こうね」
コックリ頷く母だった。

お散歩しながらリズムの良い歌を唄った。
母も歌った。一度目は歌詞が曖昧。回を重ねると思い出せることもあった。
が今ひとつ満足できないらしく「歌はいいやぁ〜あんた唄いなさい」と言う具合となった。それでも 私の歌に合わせて右手でしっかりリズムを取っていた。それでいいんだよね♪

かなり疲れた様子となりベンチで一休み。
「ほら 赤いのと白いのと綺麗な花が見える?」
コクリと頷く母。
「あれは ハナミズキだよ。綺麗だね」
「うん 綺麗だな」「は・な・み・ず・き」
「そう はなみずき」
それから 施設に戻るまで「はなみずき」と記憶に刻むように繰り返し言っていた。時に「はないぬき」になった。
その時も「そうよ。ハナミズキ」と伝えた。

施設に着いて職員と顔をあわせた。
「お帰りなさい」と言われニッコリ笑顔を返した。
「何が見えた?」
「ハナミズキ」
「ハナミズキ 綺麗だったでしょ」
「綺麗だった」
会話が成り立った。
それも今見て来た様子を思い返せているのだ。
職員もそれを感じているようだった。
凄いと思った。

午前中は 利用者さん訪問。
介護保険の認定の通知が届いたと言っておられた。
介護保険証を見せてくれた。

この所 落ち込み気味なので 遠回りしてお買い物に出かけた。
垣根越しでは有るけれど 見事なふじの花や芍薬をしばし眺めた。
梅林の梅の木には小粒の梅がいっぱい付いていて 二人で思いがけない風景を楽しんだ。


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