母のタイムスリップ日記
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2006年04月17日(月) なかなか厳しい…


利用者さん訪問。
今朝は 朝食の後片付けまで済んでいた。
鉢植えに水遣りしながら お話を伺う。
「今日は 帰り際に浴槽にお湯を張ってください」と言われた。
それから「家族が運動が足らないと言うのでお散歩もしたいです」
「シチューも食べたいです」「厚揚げも使ってしまわないと…」
「買い物は…」
「はい。冷蔵庫をみるとシチュー用の肉がないです。パンもないですね。
後は お店で決めましょうか?」
「そうします」
という事でお買い物同行。
歩き込みが少ないせいか 信号を渡るのに道路中ほどで点滅から赤に変わってしまった。信号は ひとつ待ってから渡ったのに…。

レジに並んでいたら「入り口で待っていますから…」とテクテク歩いていかれた。いやぁ参った。お財布預かってないのだ。
幸い 少し待つようだったので利用者さんを追いかけてお財布を預かった。
良くないなぁ〜。会計の時は 自分でやり取りなさった方がいいのになぁ〜。ちょっと やり方考えなくてはと思う。

戻って 頼まれた調理を済ませ お湯を張って 今日の活動を終える。

家に戻ってから 母の所に出向いた。
母はテーブルに向かって座っていた。
顔を見つけるとニコニコ。
トイレ誘導。既に出た形跡があったが 予告通り出た。

それから 着替えて外に連れ出した。
「遊びに行こう」と言うと嬉しそうな表情。
ところが バスに乗った途端「あの人 大きな声で何をおしゃべりしているの?」「どうして 私を見ているの?」と他人の事がとても気になる様子。
外の景色に気持ちが移れば良いのだが どうしても声のする方が気になってしまうようだった。
終点まで乗っていられるかと気になったが何とかトラブルなく終点に着いた。それでも 人の視線がかなり気になる様子で「どうして?…」と周囲の人を睨むように見ていた。
きっとバスに途中から乗り乗客も大勢で 足のふらつく母を気の毒そうに見られた事が嫌だったのかも知れない。
 
昨日今日と母自身の記憶がつながらないようで不安そうに見える。
終点について「○○(故郷)じゃない」と怒ったりもした。
何かを聞いても「判らない」を連発した。
幾度も来ている場所ですが 記憶から消えてしまったようだった。
「大丈夫よ」と声掛けしたが「何が大丈夫なの?」と言われ「そうだよな」と一人納得。
母の気持ちを落ち着かせると言うより私自身を落ち着かせる為の言葉だったのだろうなぁ〜。
「大好き」「だいじな人」「傍にいてくれて嬉しい」と安心できる言葉を矢継ぎ早に使ったら
「嬉しい」が心に留まったようで バスが来れば「嬉しいがきた」お店を見ては「嬉しいがある」と
出るわ出るわ…。

見知らぬ人にも聴こえるだろうし…機嫌悪そうな言葉よりも 耳に優しい言葉の方が安心だったりもしたので「そうね 嬉しいねぇ〜」と呼応していた。

帰路のバスは 一番前の座席にした。
外の景色に視線を移して「綺麗だ」と言っていたのでホッとした。
施設が近くになるに連れて落ち着いてきた。
バスを降りた時 母の安堵したような表情に「安心した?」と聞くと深く頷いた。
施設に付いた時もホッとした表情で「判る?」と聞くと「判る」と呼応。

これまでは 私と一緒だと安心と言う感じだったが…。
更に記憶が途切れてその修復を計ろうとして 私の存在が見えにくくなっていたのかな?


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