母のタイムスリップ日記
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母は帰宅願望が強かった。 ピーク時は 1日に百回以上。 日記にも折に触れ書いて来たが…。 編み物に夢中になっていても 時計を見て「あら 家に帰らないとおかちゃんに怒られるわ…」だったり。 お腹が痛くなってくると「長々と御世話になりました。これから 家に帰ります」とか。 夕暮れ時に ソワソワとし始めて「帰るはぁ〜」と始めたり。
そういう時は 出来る限り母が夢中になれるものを準備。 玩具のバトミントンだったり 紙風船だったり ビーチボールだったり。 塗り絵だったり 刺し子だったり 編み物だったり。お散歩だったり。 食事前の時は 食事の支度の手伝い。 野菜洗いだったり 皮むきだったり 切り方だったり…。 調味に関る事はないが 味見の役目も担っていた。 コロッケや餃子の時は こねる仕事。 丸める時は テーブルについて一緒に取り組んだ。 「上手ね」と感心を示したら「手伝ってよ」と御願いした。 手伝って貰わない方が早いのだが 何もしないで居ると違う世界に突っ走り始めない為の予防策だったりした。
帰宅願望が見えてくると…。 「今 忙しくて送って行けないので 誰かに迎えに来てもらった方がいいよ」と先手を打つ事が多かった。 すると「紙と鉛筆頂戴」と催促されて… 下記のようなお便りを書き始めるのだった。
これは きっと母親宛だと思う。
「今日は 日曜日で皆お休みですが 私は 家に帰りたくてたまりません。 でも 1人で帰れません。 もう 混んでゐて 1人で行くにのに 大変でせう。 それで 明後日帰ろうと思いますが それも億劫です …途中で終わったようだ…
これは きっと息子宛と思う。
毎日暖かくって好い日が続(旧漢字)きますね。などと喜んでゐると 突然雪降りが続いたり 明日あしたと心待ちにする日が続きます。 やっと天気になりました。でも東京だけの事せうか。 そろそろ 帰りたくなりました。 大変迷惑をお掛けして申し訳ありませんが 迎へに来て戴き度いのです。 ほんとに ご迷惑ですが明後日あたり迎えにおいで下さい。 御迷惑誠に恐れ入りますが迎へにおいで願いたいと思います。
これは はがきで 宛先は 現実にはない母の実家。 母親宛の者。
大変久しくご無沙汰したようです。 ○○へ帰へらうと思って汽車時間を聞きますと 今直ぐでは行けない 少し時間をおいてからにしなさいと云われました。 命にさしさわるとおどされて びっくりしてあやまり 急に考へるの悪い事を知りました。好くよく考えて 近日中帰へります
これも母親宛の手紙
毎日 寒い朝が続きます。お元気せうか。 毎日 寝る時 そして 朝起きた時に おかちゃんを思い出してゐます。 私は相変わらず元気です。ご安心ください。 でも 寝起きの朝 寝る時の夕などおかちゃんを思い出して居ます。 朝寝坊は まだ 直りません。 でも どうにか起きて元気ですから御安心下さい。 いつ ○○に帰れるか その日を待って居ります。 こちらでは ○○より暖かい朝を迎えて居ます。御安心下さい。 毎日の朝の生活は おかちゃんは 相変わらずでせうね。 暇があったら 御手紙下さい。 少しづつ こちらの生活になれてゆきます。
これは 母の叔父宛。 母は一人っ子で 父親が早く亡くなったので 祖母の弟が父親の役目を果たしていたようだ。
随分御無沙汰致して居ります。 いよいよ明日○○へたちます。 すっかり御世話になりました。 朝 ここを発ちますが 何しろ1人で発ったものですから 途中心配です。 無事に汽車に乗る事が出来ますように祈ってください。 では 明日を待って ○○叔父上様 ××
無事に○○のお家まで着くよう祈って戴きたいと願って居ります。
お便りを書き終えると数時間は「帰るはぁ〜」は消えるが 終身時になると復活したりで…朝方まで続くことも多かった。
母親や叔父に向けての便りは 中期になってからだと思う。 初期から中期のはじめ頃は 未だ 弟や母の友人に向けて書いていた。 しかし そういう時は文章に出来なくて 母の気持ちを聞き 書いていく順番をメモにして渡していた。
けれど 母親や叔父や息子に向かってのお便りは 自分で考えて書いた。 お便りを書くという行為は 文章を作り上げる訓練にもなったが 気持ちを静める効果もあったのだと思う。
あの頃は 母親が生きていると思っている事が多かった。 今 母親の話を向けると「もういない」と言うのだ。
手紙の文字は 現役だった頃の片鱗が残っていた。 今 文字を書く時はかなり考え込む。ひらがななら何とか書けるかな?
そうそう 不思議な事がある。 母は 父をとても大事に思っていたし頼りにしていた。 それなのに…父に手紙は書いた事はない。 亡くなった事を理解しているのではないかと思ったりする。 それとも 母は 父と出会う前にタイムスリップしたままなのかな?
探し物をしていたら 数年前の母の手紙が出てきたので 記憶を遡って見た。
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