母のタイムスリップ日記
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| 2006年02月24日(金) |
かちゃむけているって?自分が見えるんだね♪ |
ねぼすけ娘が 今朝は早朝からバタバタ。 「取ったよ!」荒川ちゃんをずっと応援していた。 リアルタイムで見てその後またzzz。
メダルの数や色に拘りは持っていない。トリノでの初のメダルが金かぁ〜。 この所 世の中ごたついていて気持ちの良いニュースにスカッとした。
今朝は 利用者さん訪問。 昨日のヘルパーさんの動きにとても感謝して居られた。 おかずも2品手早く作って下さった御様子だ。 お洗濯もなさって居られた様だし…。良かった。 「これが普通なんですよ。特別という事はないのですよ」とお伝えした。
副菜が十分にあるので 今日はお料理をせずにレンジ周りや床を掃除をした。
今日は 月曜にパンツの裾上げを依頼したので受け取りに行く事になっていた。利用者さんに同行して取りに出かけると…。 店員さんが言いにくそうに「この裾が吊れていた所 素人さんが裏布を折り込んでまつられたようだ言われまして…お心当たりありませんでしょうか?」と言われた。 利用者さんは「そんなことないです」ときっぱり言われた。 でも…。思い出すと「私縫ったんですけれど…」と言われた記憶がある。 私は もうひとつの方だと思っていたので「もうひとつの方に縫った形跡ありましたか?」と伺うと「ありませんでした」と言われた。 「はて 確か裾上げをなさったとおっしゃっていらしたような…」と向けると「あら 忘れてしまっていたから…」という事に。 結局 利用者さんは思い出せなかったが 忘れる事が多い事は自覚なさっておられるので…何とか解決。 裾上げの費用1050円をお支払いした。 さすがにお店の方の対応も良く「こちらも注意が足りませんで失礼しました」「いえ こちらこそ」という事で収まった。
戻られてから「そういえば そうだった気がする」と言われていたので混乱はないだろう。でも 落ち込まないか…それが少し気がかり。
買い物をしたので 小松菜だけサッと茹で 冷蔵庫におさめた。
活動を終えて急いで我が家に戻った。 今日の生協の配送は 帰って直ぐでセーフ。 昼食をかっ込み直ぐ母の所に走った。 今日は歯科通院。余裕を持たないとまた不穏になってしまうから。
昼ごはんが済んだ所で みんな未だテーブルに付いていた。 母をトイレ誘導。 少し出掛かっていたがこれもセーフ。 それから寒くないように長袖シャツ長下ズボンを着用し 薄手のウールの物を2枚着用 パンツは厚めの物を着用。 首にはスカーフを巻いてショートコート。 帽子を被り 手袋をはめていざ出陣。
出かける事は判る様子。ウキウキ気分が見えた。 外に出た時「さて 今日は何で行こうかな?」と考えた。 「バスに乗れる?」と聞いてみた。 母は即座に「乗れる」と言う。 しかし こういう言葉は 母の感覚的な言葉であって現実は「?」なのだ。 それでも バスにもチャレンジしたいし…。 転倒しないことだけに細心の注意を払ってチャレンジしてみようと思った。 幸い ノンステップバスが来て 歩道と車体が離れすぎない形で停車した。 段差が殆どないので 乗り込みはスムースだった。 バスの中では 少し混乱。停車する度に「出よう」と言う。 「うん あと少しね」と耳元で囁きながらターミナルまで着いた。 ところがここでバスは追い越し車線に停車した。 ちょっとの段差が生じた。先に下りて母の両手を引いて降りてもらった。 後ろに控えている方も「ゆっくりどうぞ」と声をかけてくださり助かった。 バスに乗っている間 1人の乗客を見て「家の嫁さん」と言った。 その時は あまり気に留めなかったのだが…。
歯科医に向かいながら「階段上れる?」と聞いてみた。 「上れるよ」と母。 「出たとこ勝負」と思い階段の前までいって見た。 「上れる?」と聞くと「何処まで?」と聞き返された。 「上まで」と言うと暫く考え込んだ。 「やめよう。エレベーターがあるからそっちで行こう」と言うと「うん」と。会話が成り立っているし 言葉も出ている。 やはり 切羽詰った状況やいつもと違う刺激は 変化を生み出すようだ。 不安さえ少なくしてあげれば 何とか落ち着いてくれそうだ。
裏に廻って 受付を呼び出す。 がロックがうまく外れなくてもたついたら 母が少し不安定になり「行かない」と言い出した。 再度呼び出してロック解除できた。「苦労しているな」と察知して受付の人がわざわざ降りてきてくださった。 何とか玄関までたどり着く。 ここでまた段差。外履きからスリッパに履き替え。 椅子をお借りして何とか履き替えた。
待合室に移ったら 扉に書いてある「歯科医」を読んでまた不穏になった。 「かさこじぞう」を取り出して 母に読んでもらった。 昔取ったきねずかで感情を込めてゆっくりと読み始めた。 ひらがなが多く読みにくそうで読み間違いもあったが1冊きちんと音読できた。この頃になるとすっかり落ち着き 次は「3びきのこぶた」 幸い 待合室には誰もいなくてゆっくりと音読できた。 順番が来て診察室へ。 ここでも多少不穏になったが「痛い事は何もしないのよ」と伝えた。
看護婦さんをさして怖い顔で「あの人は?」と聞く。 「かんごふさん」「ありがとうだね」と。 「かちゃむけて…」と母。 →かちゃむけるとは「ささくれ立つ」というような意味の方言である。 「誰が?」「われ」→自分 母は 母親として子供たちにこういう言葉は使った事がない。 おそらく 子供時代に使った記憶が引き出されたのだろう。 私は 周囲でこういう言葉を使っていたので知っているのだ。
母は いつも自分のする行為がどうなのかを考えているような形跡がある。 自分の僻みという事も気が付くようだ。 行動した後で悔いているようなそんな感じが見える。 やはり 認知症とは 本人でさえも自分をコントロールできなくなってしまうものなんだなと感じる。 この事にもっと早く気が付いて上げれば良かった。 ただただ 目の前に起きる事に降り廻されていたなぁ〜。 でもなぁ〜。毎日普通でない話しばかりで夜も眠らずなったら 疲れ果てて受け止めることさえ出来なくなってしまってしまうんだよなぁ〜。
きっと 何もかも普通にできる人への僻みなのかも知れない。 こういう思いが母の中に芽生えていると感じた時 辛い。 こればかりは どうにも出来ない。。。
歯科医は 椅子を倒さなかった。 治療し難い姿勢だろう。でも 無理をさせないで取り組んでくださった。 母に口を空いて貰う時も「すみません」と言った。 これは 母にだけでない私達が治療を受ける時だっていつも言われる。。
母の入れ歯の仕上げる手順と仕上げの限界についてきちんと説明下さった。 病が進行すれば 入れ歯すら作れなくなる事は 私も良く知っている。 ただ 母の状況がだんだん 下り坂になっているのだ。 噛む事が疎かになってくると 脳への刺激も少なくなる。 飲み込みも悪くなり ミキサー食に変化して行かざろう得ない。 多少 入れ歯が合わなくとも噛む能力を維持してあげたい。 食べる楽しみを奪いたくない。 便秘も出来る限り薬に頼りたくない。 医師もその過程を見てきているようで そういった事を話してくださった。 「訪問歯科医も良いのですよ。ただ 僕はしていないので…」
「存じています。通院のために外出すると母の刺激になりますから。できる所まで通院していきます」と伝えた。 「いつでも良いですから…。遠慮しないでいらしてください。歯茎を良く観察して傷が出来るようならまたいらして下さい」と言われた。
母の治療はさぞかし面倒だろうに…嫌な顔をせず普通の人と同じように接してくださる医師に深謝。
外に出た時「デパートに寄る?」と聞いてみた。「行く」と言うのでデパートに寄った。 一番先に目が付いたのがケーキ。 「食べる?」と聞くと「うん」と。 ケーキを選んで席に着いた時「有難う」と母は言った。 「ケーキが食べたい」とか「デパートに行きたい」と自分からは言わない。 でも こうして「有難う」と言う言葉を発するのは「来て良かった」という事だろう。 1人で全量摂取。 冷たい飲み物は嫌だったようで 私のホットコーヒーとトレード。 これだって 言葉ではないけれど意思表示出来る。
食べ終えて 母の希望でデパートの中をウロウロ。 途中 両膝がカックンとなり支えている両手に相当の比重が掛った。 店員さんも気が付き直ぐ傍に来て「椅子で休んでください」と。 更に「車椅子お持ちしましょうか?」とも言ってくださった。 車椅子は丁重にお断りをして 更に歩いた。 トイレで用を足し セーフ。
疲れた様子なのででタクシーにのり施設に戻った。 母の気持ち的には 未だ 歩き廻りたかったみたい。 バスも使えそうだから また 連れ出しましょうっと!
施設に戻って「入れ歯ちゃんとできて良かったね。よく頑張ってくれて…。 ほんとに嬉しい。有難う」と言ったら目をウルウルさせていた。
そうだ。初めの方で触れた「家の嫁さん…」 記憶に残っていたようで 居室に入って着替えている時「○ちゃんが来た」と言う。数年来 いくらこちらが会話の中に入れてみても「?」の母だったのに 数年来口にした事もなかったのに…。どういう訳か突然口にした。 母の中で いろんなゴタゴタは消えているのだろうか?
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