母のタイムスリップ日記
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| 2005年12月20日(火) |
ワッ!今日も施設から電話だだだ! |
今朝 夫を送り出そうとしている時電話が鳴った。 昨日 留守の間に何件か電話が入っていたので その誰かだろうと思って番号確認もせずに電話に出た。
施設からだった。 昨日の件は もう安心の筈だから 瞬間「今度こそ骨折か?」と覚悟した。 しかし 予想もしない出来事の報告だった。
今朝5時半ごろ 中等量の嘔吐がありどうも血が混じっているようだと言うのだった。 看護士は未だ自宅だが急ぎ施設に向かい確認してみると言うのだった。 嘔吐の血の観察は 経験深い介護士なので見誤りはないと思うという事だった。
日記には詳しく書いてないが 昨日の母は少し異様だった。 それに かかりつけの医師の所を出た所で「病気するな」とポツリと言った。 私は 確かめるように「誰が?」と聞き返すと私を指した。 「はい。気をつけるよ。大丈夫だよ」と返事しておいたのだった。 あれは 母特有の自分の体調が良くないので それを伝える手段だったのかと…今更思った。其の上 施設に戻る時 玄関口で足を踏み出すのを嫌がったのだった。 中に入って 少し落ち着いたのでホッとして施設を後にしたのだった。
再度看護士から電話が入り 嘔吐物を観察した結果 やはり血液が混じっているようですと言う。昨日 私とケーキを食べて それも固めのチョコレートとやわらかめのチョコレートが入っていたので「そういうのと違いますか?」と確認した。 看護士は 血液反応を見る試験紙を使って再度確認して やはり血が混じっていますという事だった。
時間を待って かかりつけ医に連絡。 かねてから緊急時に使おうと思っていた病院に一般で行くか 施設の医師に紹介状を書いて貰うかした方がいいでしょうという事になった。 緊急事態にわざわざ通院してロスタイムを作る事もないだろうという事だった。
その旨を施設側に伝え 出かける準備をした。 娘が心配して今日は会社を休むという事で 診察券を先に出しておいてくれるという事になった。昨日も散々待ったので出来る限り時間短縮したい。
所が 施設の医師は こちらの事情が判らないので 近隣の病院2軒から診療拒否され 更に別の病院に当たってくれていた。 看護士が「一般で行かれるそうです」と言いに行ってくれた時には 通院先が決まってしまった後だった。こちらはキャー状態である。
若しかすると 今日入院と言う事態の確立が高いわけで 聞いた事のない離れた病院は心許なかった。施設では利用する所で施設の医師も知っているという事で今回はお任せする事に。つまり 診察して貰い 在宅看護の希望を伝えると言う事にしたのだった。
私達が施設に着くまでの間 母の居室やらパジャマや布団等は綺麗に処置されていた。 ただ 嘔吐した後の独特の酸臭はあったし 母の口の中や口角にこびり付いていた。 それでも 忙しい中の処置には深く感謝。
家を出る前には弟にも昨日の件と合わせて一報入れておいた。 入院になるかも知れないとも伝えておいた。
母を車椅子に乗せて職員が車まで見送ってくれた。 母自身 其の方に深く御辞儀をしていたので 見て頂いた事を良く判っているのだろうと感じた。
車に乗ってからは 比較的落ちついており 外の景色を眺めたりお話したりで切迫した状態には感じられなかった。 ただ 誰も居ないところで嘔吐していた事を思う時 どんなに苦しく辛かったか…と涙が滲んだ。「ごめんね」と謝ると手を左右に振って「気にするな」という合図を送ってくれた。「嘔吐した事覚えている?」と聞くと深く頷く。 「心配だからちょっと診察を受けに行くよ」と伝えるとゆっくりと頷いた。 ほんとにわかっているかなと思い「ホラ ○○(弟の名前)だよ」と道を歩いている人を指していったら「○○ほんない」(弟ではない)と返って来た。
おそらく 嘔吐の感覚は残っており不安感も覚えているだろうと想像できた。
病院に着いた時には正午だった。 受付で「午後の診察になります」と言われ慌てて紹介状を出した。 受付の方が医師に確認を取って下さり何とか午前の時間に滑り込ませて戴いた。 診察時「何事かがあったら在宅で看護して行くつもりです」と医師には伝えた。 医師は暫く診察してから エコーをかけて多臓器との関連がないか検査して その後胃カメラにしましょうと言われた。 職員から「そこの病院は 大概検査のための入院と言われる…」と言われていたので「日帰りの検査が出来るのですか?認知症ですので 胃カメラ大丈夫でしょうか?」と確認を取って見た。実は昨日のレントゲン検診の時も散々で 最後の2枚は技師さんがレントゲン室に残って動かないようにしてくださったのだった。 あの時だけでも申し訳ない気持ちと感謝の念でいっぱいになったばかりなのに…。
霧吹きで口内麻酔。 それからは検査室の外で待った。 「おかちゃん。おかちゃーん」という声 「あ〜」と言う声が幾度も聞こえた。 大分苦労されての検査の様だった。母も医師も…。
検査が終わって 医師から説明を受けた。 特に大きな病だったりガンだったりそれを予想させる状態の部分は見当たりませんという事で 強いて言うなら食道に逆流性の炎症の痕が見られますが 大した事でもないというので一息ついた。
手術入院 これからの事といろいろ考えさせられた。 大した事に到らず 通常の状態なら胃カメラすら考えても居なかったが…。 心配の要因が消去されたのだから 災い転じて…と考える事にした。
全てが終えて 自宅に戻りかかりつけの医師に連絡。 近隣の病院の診察拒否はこの所目に余るので クレームをつけなくちゃ駄目だなぁ〜と話されていた。 そして こちらの防衛策としては 病院の診察券を持っているので一般で受け付けてもらう様に動く事が良いのだと感じた。 これは 医師も職員も私も一致した見解である。
更に職員の話では 職員が付き添っての通院の場合だと入院検査は必須だそうで 家族のみの付き添いとこちらの意見(大した事ではなく在宅看護の希望を伝えたに過ぎないのだが…)を発した事がこういう結果を齎したのだろうという事だった。
娘にも感謝である。 私1人だとトイレすら行けなかったと思うし 車を降りてからの事 荷物の事(再度の嘔吐を危惧して着替え一式とオムツを持参)また施設や家族との連絡でもお手上げ状態だったろう。。。 今朝 入院検査 手術になるかも…と連絡を弟に入れておいたのだが 今現在 何の問い合わせもない…。これも相当複雑だ。
今回は 検査室に入る度に母には説明した。 血液検査の時にも痛くてかなりのものだったけれど 我慢体制が取れた。 母はある程度聞き 何となく判っていたと思う。最後の胃カメラの時には 看護士さんが麻酔を巣プレイする時にも用心して「何をするのですか!」と怒り口調で言っていたが 口の中を消毒してくださるそうですよ」と言ったら ちゃんと口を開けてくれた。
何事もなかった時「何処も悪くないという事でしたよ。良かったね」と言うとほんとにホッとして薄っすらと涙が浮かんでいたし「有難う」とも言った。
連続しての思わぬ通院でちょっと緊張の日々だった。 90歳を目の前にしてこれで済んでいるなら 良しとしなきゃ。。。
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