母のタイムスリップ日記
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2005年11月16日(水) ぽんぽん♪


 朝 施設に電話をし母の様子を伺った。
昨夜はぐっすり眠ったと言う。
お布団から立ち上がらせるのは 一人の職員では無理で 早出の方が見えてから2人掛かりで立ち上がらせてくださったようだ。
この辺は 職員と家族の差だろう。
何か起きたら大変と思うのは当たり前の事だもの…。
朝食「美味しい」と召し上がっています。
という事でちょっぴり安心。

少し家の中を整理して 母を向かえるつもりで出向いた。
職員に伺うべき事は「今日我が家に泊まって明日また施設へ…」と言うパターンが 母の気持ちが揺れて職員の方が更に大変にならないか…」という事であった。
職員もそこを心配なさっていた。
夜 寝ているなら無理につれて来る事もないかと判断した。

昼の間は 体が傾く事もあり立ち上がる事も考えられ 昼 付き添う事にした。

今日は 床にワックスをかける日のようで 他のフロアからも入所が見えてとても賑やかだった。
母ともう1人の方の食事介助を手伝う。
お隣の部屋に 新しい方が入所した。
だから職員も忙しそう。。。

二人とも全量摂取で…嬉しかった。

食後は別のフロアに移動しなければならない。
散歩に出られるなら…と母に着替えて貰った。
母は 未だパジャマを着用していたからだ。
着替えさせるのは きっと大変だろう。。。
前空きのブラウスにカーディガンを羽織らせた。
左袖は通さない。
ズボンの着替えは少し不安定。
壁を背に 右手を壁に触れて安定を図る。
そろそろと着替えた。少し痛がる場面もあったが「ちょっとだけ我慢してね」と左手には触れないようにしてソロソロとズボンを上げジッパーをあげた。

打ち身の場所を点検してみて 他の場所は比較的軽症だと気が付いた。
左ひざは 少し青い痣になっているが それでもこれくらいの痣は ちょっとぶつかっただけでも出来る程度のものだった。
肩の湿布を張り替える。
左肩は やはり腫れている。しかし酷く晴れ上がっては居ない。全般的に左手は指まで少しむくんでいる。
腕の付け根に傷のような痣があった。
ここを打った時に肩の間接にショックが伝わったのだろう。
骨まで見える訳ではないので なんとも言えないが 外見から判断。

昨日も「おや?」と思う動作があったのだが 今日も不思議な動作が…。
昨日 怪我したあと 車で移動している時 左手を自分のお尻の下に敷いていた。カーブに入った時 体が動いて痛かろうと思って庇おうとしたら母は「これでいい」と言ったのだ。
母は 意識してお尻の下に手を置いて動かないように防衛していたと知った。
今日も不思議な動作があった。
母を連れて近くのファミレスに入ろうとした時の事だ。
2段の階段があった。スロープもあるのだが「階段で大丈夫?」と聞くとコックリ頷く。「気をつけてね」と右手を強く支えると 私の手を払うようにしてから腰周りのところに私の手を運んだのだ。
椅子やトイレの立ち上がりの時 私はズボンのウェストを持ち上げていたのだが…。「そうしてくれ」と言わんばかりの動作だった。

痛みを回避するための手段を母は考えられるようだ。

トイレもやはり判るようで 失敗すると急に黙り込んでしまうようだ。特に傍に人がいる時は特に…。
二人だけの時は「トイレ」という時すら出てきている。
今日は2勝1敗だった。

散歩はかなり疲れた様子だった。
それでも居室に戻って 椅子に座ると紙風船遊びが出来た。
昨日は 左の指先まで「痛い」と言って動かす事をしなかったのに…。
今日は 三角巾を移動させて 左手だけ三角巾から出して右手でカバーしながら潰れた紙風船を膨らませた。
ぽんぽんと紙風船を打ち返して…それは見事。外せば残念な表情をする。。。

嬉しい♪いつもより表情があるのだ。
喜んでまた失敗するといけないので 要注意だ。
神経を使う一日ですっかり疲れてしまったが 心地の良い疲労感だ。



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