母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2005年11月17日(木) 奇跡的だったんだね♪


 母の所に行き 昼食介助。
「痛み止め聞いているせいでしょうかね 左手動かしますね」と職員が言われた。

昼食の時も 茶碗をそっと持ったりもしていた。
「胸 凄い痣でした」と言われ トイレ誘導の時に見てみた。
直径20センチより少し大きめの青々とした痣があった。
ほんとに痛々しい痣だった。
胸の骨は折れていない…と言う診断だったので 胸まで見ていなかった。

倒れて直ぐ 怖いので直ぐに「オンブする?」と聞いた。
いつもは「大丈夫」と言う母が その時は「うん」と頷いた。
オンブしたが かえって痛かったようで「下りる」と言ったのだった。
あれだけ強く打ったのだから オンブも辛かったのだと良く判った。

痛み止めを服用するので 胃腸薬も戴いた。
それが効いているのだろう…。食欲がある。
今日は隣の中華料理のお店に入った。
「やぁ〜 元気でいいですね」と言われ「いや 不注意で 骨折させたんです」と言うと「夜 電気が付いたままだなぁ〜と思っていたんだよ」と店主が言われた。
夫の会社が以前近くにあり よく出前を御願いしていて 今も時折寄る様子で 母の居室を知って居られるのだ。

ワンタンスープを戴く。
朝食 昼食と3時間足らずの間に食べているのに この2日 しっかり食べる。ワンタンスープも「んまい」と言っていた。
自分でスープを掬っていたし 焼き豚やなるとも食べていた。

体が芯からあたたまり お散歩を続けた。
歩いているうちに「痛いよ」という。
「肩が?」と聞くと「うん」と言って「深い所が痛い」と言う。
そういう表現が できるという事がとても不思議である。
「もう 家に帰りたい」と言う言葉も久々に出た。
「お家には 誰がいるの?」と聞くと「おかちゃん」と。。。
「痛いから帰りたいの?」と聞くとコックリと頷いた。
ヒステリックな言い方でなく 静かな言い方だった。
この部分だけ取り出すと とても認知症とは思えない言い方だ。

「肩が治らないと帰れないから 早く直そうね。私が不注意だったわ ごめんね」と謝ると首を振った。

戻ってから 居室で紙風船で遊ぶ。
二人の間を往復50回も…。
在宅の頃なら「やったぁ〜」と騒いだものだが…。
今の母に50回と言う記録がどんな物か 直ぐには理解できない…。

あれだけの打ち身をしていても 紙風船で遊べる母。
ありがたい。。。母と過ごしているうちに 傷を負わせてしまった罪悪感が少しずつ癒されていく。。。 でも痛かったんだねぇ〜。
これで済んでいるのは ほんとに奇跡的かも。。。
職員も言われた「歩いていらしたから 骨が強くなっていたんですね」

実は施設内で転倒骨折の症例がいくつかある。
何れも室内である。
職員もそれを見ていらしたから 母の骨が強かったと受け止めて居られるのだろうと思う。

意識しながらなのか…。母は左の指を使うようになってきている。
今日は お布団も上がっていたし 着替えも済んでいた。

昨日 入所なさった方が「お茶はいらない 水がいい」と言っていらした。
でも 今日 職員が「お茶 お嫌いですか」と再度質問していた。
すると「お茶は好きです。でも 沸かしたての熱いだけのお茶が嫌」と。職員の言葉のひきだしかた「上手」と思った。
早速 温かいお茶を召し上がっていらした。
数人で過ごした病院生活と比べて 静かでよく眠れるとも言っていらした。
お隣さん 良かったですね♪



はな |MAILHomePage

My追加