母のタイムスリップ日記
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| 2005年09月30日(金) |
気になることだらけの日々 |
母の様子が気になりながらも 利用者さんの訪問も外せない。 並行して進行中の事もある。 メールチェックは欠かせない日々。 そんな訳で 施設に問い合わせの電話もせずに活動にでた。
利用者さん 心なしか落ち込んでいる風。。 「なんだろうな?」と思っていると…。 「私 災難に次ぐ 災難でねぇ〜」と言われた。
実は 利用者さんがMRI検査を受けれた事は ケアマネに通じていなかった。 ある会で それを知り新情報をケアマネに流した。 特にケアマネさんとのトラブルはない。 しかし ご家族も連絡なさっていないようだった。 その事も 気を揉む一因であった。
その利用者さん 月曜日の訪問の翌日 手が痺れと言うか痛みと言うか おかしくなったそうだ。 かかりつけ医に通院したが 問題なしという事だったらしい。 しかし 夜間になっても治らなくて 家族に電話をしたようだ。 按配の悪い事に ご家族の実家の高齢者(親)が重篤な状態が発生し 翌日出向かう予定だったらしい。 それでも 直ぐに利用者さんの所に足を運ばれて アチコチの医療機関に電話をかけられたそうだ。 でも 何処にも繋がらず 結局 静かに休まれて一夜を過ごし 翌朝 以前入院した病院に出向かれたそうだ。
結局の所 大きな事にならなかったようで「年齢に応じた脳の萎縮がある」と言う説明を受けられたようだ。 ただ これをご家族がどう受け止められ ケアマネにどんな風に話されているかは不明だ。 しかし 配食を断ったので 夕方にはケアマネさんも訪問し話を聞かれた様子だ。
健康不安が一気に広がっている様子だ。 「安心カードですよ。あまり 行動を制限なさらず 今まで通り過ごされればいいですよ」と励ました。 「こういう事態で行動を狭めて悪循環に陥っていく方 多いのですよ。とても前向きな過ごし方で 私の先生なのですからね。頼りにしているんです」とも伝えた。日ごろから そう感じているのだから…。
気を取り直し お買い物同行。 お話が長かったので 活動時間もやっぱり30分延びてしまった。しかし 私にとっても勉強になることなので…超過料なし。
活動を終えて オタオタしてしまう。 此の儘 母の所に行くか…。 しかし 持って行く物もあり 生協の荷を受け取る事 そして自分の昼食も…。体調が優れない時は しっかり食事しておかないと…。
丁度 バスが停車していたので 家に戻り 施設に電話して母の様子を聞いた。「食欲は 少し落ちているけれど 熱は上がっていない」という事だった。 生協の注文書にも記入していない事に気が付き 急いで記入。 ふと 今日が料金引き落とし日と気が付く。 どうがんばっても 間に合わないので「予備日で引き落としてください」と御願いした。 予定では 今週振り込んで置く筈だった。が母の事ですっかり抜け落ちてしまっていた。
それから 母に運ぶ物を準備し 郵便局で振込みを済ませて施設に出向いた。
母はソファーに座っており 隣には職員がお手上げ状態。 私の顔を見て どちらもホッとした様子だった。 母の顔がみるみる曇って涙が出てきた。 職員も 困ったような表情になった。 「大丈夫ですから…」と居室に入った。 母は 何か言いたげで でもドアの外をしきりに気にした。
別に職員が意地悪した訳ではないだろう。 遠慮だろうと感じた。
朝・昼の食事は半分強ほどしか食べてなくて お茶もあまり摂取しておらず 咳が出ているという説明だった。 「お腹空いてない?」と聞くと「空いている」と言う。 それで 昨日の残りのぶどうや長いも プリンを食べてもらう。水分補給でポカリも飲んでもらう。 その頃から ピンと来る物があってトイレ誘導した。 やはり 排便だった。 1日にトマト2個 ぶどうひと房 長いも 更に食事 野菜の摂取は万全である。抗生剤で便秘になりやすいという事も予測してあった。 「排便がありましてね。やはり 食べ物ですね」と職員も驚かれたばかりだった。更に残った分が出たのだ。 排便が済むと痛みも消えたらしく 徐々に良い表情になってきた。
母が何を話しているか良く判らないけれど 時折ピントも合うので 言葉を拾いながら相槌を打った。
母がテレビに見入っているので その間に薬局に走って オムツとポカリを調達した。
おやつの時間は 運んだ寄せ豆腐。 母に何を食べて貰おうか…と考えたが ミキサー食の人も多いので 口当たりがよく栄養素もあるのでみんなに良いのでは…と思い豆腐屋さんによって買った。 案の定 皆さん 喜んで食べておられた。 母も自力で食べていた。
熱を計り 熱の上がっていないのを確認して 施設を後にした。 しかし 咳はほんとに苦しそうだ。
実は 施設の対応が気になる所が相変わらずある。 しかし 最近 富に感じるのだが だからと言って施設ノーと言う気持ちにはならない。
施設を一方的に批判する事が出来ない。 これは 人間のなす事だとますます感じる。 自分の介護を振り返る度に「情」と言う部分では 深く関れるけれど…。完璧な介護なんて出来ないのだと言う思いを強くする。
専門職といえども 人間だ。 施設と言う舞台に立ったら 同じ介護者として立ち 違う視点から介護して行く…こういう共通理解が必須だろうとつくづく感じる。
先日 職員がしみじみ話してくれた「気に掛けて足繁く面会してくれる家族もいれば 全く逆の方もいる…人の幸せって どうやって決まっていくのでしょうね」と言われていた。 環境の違う 性格の違う方に個々に対応していく難しさを感じた。
だからと言って 中途半端な介護はして欲しくないのだが…。
私が施設に泊まった翌朝 隣の部屋の方が突然変化した。 「おれ 行くところがあるんだ」と職員に言いだし今すぐにでも飛び出しそうな気配に 当直の職員は 瞬間 困った表情をなさった。 が 直ぐに「私の判断では 決められません 施設長に話してください」と言われた。 これは まともな人としての見事な対応だと感じた。
職員は 他のフロアの方のオムツ換えや 朝の着替えに回らなければならない時間だった。 丁度 母が眠りだした時間だったので「私が見守りします」と申し出た。
この方は 朝だって起すのがとても大変で起し方が悪いと機嫌を悪くする気難しい方だ。親戚の方だって あまりの変化に苦慮なさっている。 更に1日 殆ど眠っている状態で 食事の時でも眠ってしまう。 (ここに もう少しきめ細かな対応が出来れば満点なのだが…)
何故 見守りを申し出たかと言うと こんなに早朝に置きだして自力で歩く事がとても大切なチャンスだと感じたからである。 入所時こそ お元気だったけれど 最近は車椅子の日々で自立歩行はゼロに近い状態だった。
「財布が…」とポケットを探られる。 あれ 何処に置いたかな…とアチコチ探される。 実はこの日 一日中 動きまわり職員もその動きに同行していた。
この変化は職員にとっても驚きで「一体なにが起きた?」と言う感じだったらしい。
私は一晩中 母に声をかけており 隣の部屋はさぞかし五月蝿かったのではないかと思う。
それが刺激だったかな…「はなさんの効果」と職員は言っていると聞いた。 ほんとの事は 判らないけれど…あの日以後 割りに動きのある生活をなさっている。
風の効果…と言うのだろうか。 もう少し 詳しく書きたいけれど いろいろ支障が出ても困るので…。
夜間の職員の配置も ほぼ理解した。 満足のいく配置ではない。 しかし 配置人数は満たされている。
これは 施設の問題と言うよりも この配置を認めている厚労省の問題ではないかと思う。 単に 予算から職員配置を考えるのでなく 入所者が適切な介護を受ける環境とは…という基本を軸に予算算定して貰いたいと切に思う。
私は やっぱり 相変わらず施設の足りないと思う介護の補充のために面会に通う。自分の至らなさを母に詫びながら…。
開所直ぐに入所し 今まで過ごさせて貰って 施設内は随分変わってきたと感じている。
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