母のタイムスリップ日記
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2005年09月15日(木) みんなで作ったよ


 昨夕 夫の熱が38度を越えた。
気分が悪いから 当然食欲もない。つまり 出掛けに「通院」を促したのに行かなかったのだ。
「食べて 薬飲んでよ」「気持ち悪いから食べたくない」の押し問答の末
ようやく 少量の食事をして薬を服用。
薬は 以前の飲み残し。
ほんとは 勝手に服用してはいけないのだけれど 明らかに風邪で熱が上がったのだから…。

「自業自得だ」と殊勝な言葉が飛び出す。
こちらは そう思っていても絶対口にしない。
快復したら またもとの生活に戻る。
それも 直ぐ薬が効くはずだから…朝が来れば もう覚えのない言葉となっている事も想像が着く…。
「もう長くないから…」と言う言葉まで飛び出す。
「風邪くらいで 命が縮まるなんて事はないのよ♪憎まれっ子 世にはばかるっていうじゃないのよね」と内心思った。
娘も白々しい目で夫を見つめ 「これくらいでこの騒ぎ…あ〜ほんとに寝付いたら どうなるんだろう…。先が思いやられるなぁ〜」とため息。

案の定 数時間後には薬も効いた様子で「お腹すいたぁ〜」とキッチンの前をウロウロ。
体力を戻すためには 食べた方が良いのだから ご飯を出した。

今朝の様子から もう大丈夫だろうと感じた。
案の定 夕方には一度帰宅して 打ち合わせと称してお出かけしていた。

全く 困ったお人です。。。
それでも 早めに帰宅して もう布団に潜り込んで寝ています。

午前中は いろんな用事で動き回った。
在支にも立ち寄った。
そこで ケアマネと暫く話しこんだ。
改正介護保険の行方や わが町の現状等。
内密だが…わが町は包括支援センターは 4ヶ所になる見通しのようだ。
これで 包括…のケアマネさんは超多忙にならないで済み とりあえず現状の形でのスタートになりそうだ。
お隣の町は包括支援センター1ヶ所でそこに複数のケアマネさんで手分けするようである。
形の上で 事業所と支援センターの分離が出来ているわが町と出来ていない隣町の差が起因しているようだ。
20年までの間に これがどう定着して行くのか…。

午後 母の所に向かった。
明日は 活動後 家族会の広報活動の展示があるので 母の所に行けない。
明後日も 展示立ち立会いがある。
展示の飾りに「トンボ」を作るので 材料を調達。
その足で施設に向かった。
材料は多めにあるので 入所している人達と作れれば良いと思った。

母は 入所者のご家族と歌を唄っていて ニコニコしていた。
いつもとけこめない方も 一緒に歌を唄っていらした。

職員に「トンボ作っていいかしら?」と訪ねると「5階からも連れてくるね」と言って下さった。
テーブルを囲んで作業を始めた。
赤いストローを切って 折り紙で羽の形に切りストローに貼り付けるのである。職員は「あ〜そうか」と納得。
職員も間に入って 作業の介助。
みんなでワイワイしていたら 母が「わたしも…」と訴えてきた。
おいでおいでをしたら 母もやってきて作業に加わった。
入所者も職員も「わ かわいい」とそれぞれ作られていた。
90歳を越える方で 認知症も未だ軽い方は 糊付けの仕方も作るごとに工夫されて…見事だった。
沢山作ったので 5階へも「トンボっ捕まえた」とお土産を持ち帰られた。
職員には「今日参加できなかった方と作って見てください」と材料を分けた。ついでに 「施設の家族会に出られないご家族に はがきにトンボを貼り付けて送ってあげてください」ポストカードも差し上げた。

母にも これからポストカードを作ってもらい お便りを出す予定である。

みんなで楽しんでから居室に入りおやつを食べた。
今日も梨を切って行った。
昨日 今日でこれだけ果物を取れば便通も良いのではないかと思っている。

夕暮れ近くなって 外の景色を見ながら「家に帰らない」と言った。
「えっ?」と聞きなおすと「ここがいい」と言う。
「ここに居るのがいいの」と聞きなおすと「嫌だ」と言った後に
しどろもどろになりながら…そして言葉を捜しながら「ここがいい。家には行かない」と言うのだった。
「家に帰らないでもいいの?」と聞くと「うん ここがいい」と言った。
何がどうなったのか…。
「帰りたい」と言われるよりは「ここがいい」と言ってくれた方が気持ちは楽になる。。。


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