母のタイムスリップ日記
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2005年08月01日(月)  記念すべきかな?母と電話


 利用者さん訪問
特に 大きな変化はない。
いつも通りに活動を済ませた。
土曜日には ご家族がお見えになった様子で それとご近所の病の方との距離の取り方のお話なさっていた。
高齢であるにも関らず ご近所さんを気遣うお話に教えられた。
ご家族が見えると やはりそれなりの刺激がある御様子のように思われた。

家に戻ってから まるで今日在宅だと判るかのように電話が来た。
そのひとつは 施設からだった。
ちょっとドキッとしたが 介護保険証の事だった。
ついでにこちらから母の様子を伺った。
昨日の様子だと 排便がありそうだったから。。。
今朝 排便があったという事だった。
今日は とっても機嫌が良く 排便時もニコニコとしていたそうだしその後もその調子が続いているという事だった。
歌をいっぱい唄っていて それも階名で唄っているのだそうだ。

へぇ〜 階名で歌うなんて 何年ぶりだろう。。。
節を思い出せない時は 決まって楽譜を口オルガンでよんでいた母だ。

余程 調子が良いのだろう。。。

職員が「変わりますね」と母を電話口に呼んでくれた。
娘からと伝えてくれているのが判った。
が 母は「何か用?」と出た。
ほほぅ〜 用事があると電話が来るって理解できたようだなぁ〜。
「急ぎの用は ないけれど どうしているかなと思って」と言うと…。
「幼稚園が…」と始まり ありゃ やっぱり話が通じないか…と思ったら。「いろいろ 歌を唄っていてね…」と続いたので 電話での話が通じているんだと判った。
幼稚園で仕事している。。。とも思い込んでいるようだ。
「良かったね」と方言で伝えると「そうだ 良かったよ」と母。

母と電話で話すなんて事 もう すっかりなくなっていた。

母がふるさとにいる時は 随分話した。
特に認知症の初期の頃は 感情が安定せずにいたから。

「あんた いたのね 幾度電話しても繋がらなくて…」と言われる事が度々有った。ずっと家にいて 電話も使って居ないのにだ。
間違い電話をしていたらしいのだが…。
慌てきっている母には 繋がらない事だけが不思議だったようだ。

「お腹痛いの」と電話してくることもあった。
父も弟もお嫁さんもお手上げで ダイヤルだけして貰って入る様子の時も有った。
こちらから ひとつひとつ指示を出し 電話の向こうで 受話器を置いて動いている母だった。
時間を置いてから 公衆電話に走って「どう その後?」と確認。
電話料金も馬鹿にならないので「小銭で話せるところまでね」といった具合だった。
それも殆ど毎日で 1日数回という事も有った。

病の進行と耳が遠い事もあって 受話器越しの話が出来なくなり そのうち家にずっといることになり 電話をする機会もめっきり減った。
施設に入居して 更に電話する事等なくなっていた。

久々に 受話器を通しての会話となった。
珍しい事に ちゃんと会話できた。 記念すべき日だろう。。。
久々に 昨日 外出した事が良い方に作用したのだろうか。。
 


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