母のタイムスリップ日記
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2005年07月26日(火) これが現実。。。


 今日 施設の母から暑中見舞いのはがきが届いた。
お便りを貰う度に実に妙な気持ちに陥る。

母とは高い頻度で会っているので 託しているという感覚が薄い。
これが問題なんだろうな。
だから お便りを貰うと託しているという現実を思い知るのだろう。
頻繁に会ってはいても 託しているのだと…。
この感覚は 以前からあった事。

今日のお便りを読んで 判読できない文字が並んでいた事。
文字が下手になった事は言うまでもないが 見たこともない文字が並んでいるのだ。
母は 私の間違い文字を厳しく指摘していた。
これは 認知症が進行しても続いていた。
記憶違いでなければ 在宅中はそうだった。

自分で文章を書けなくなっても 間違い文字だけは 厳しかった。
文字を忘れ始めても 書く時はきちんと「できない私」に聞いて 正しい文字を書くようにしていた。

それ程拘っていた文字が書けなくなっている。

今年の年賀状 母が書いた。
でも 鉛筆で書いて貰い 間違えたら消しゴムで消した。
そうやって 何とか仕上げて鉛筆書きのまま そして幾度も消した後が残る便りとなった。
文字も斜めになっていた。

施設からの暑中見舞いは ペン書きである。
僅か6行のお便りだけれど 読めない文字が9文字。
文も一行はどうしても意味が汲み取れない。

母の文字だから…良いのか…。
未だ書ける所もあるし…。
と思い直そうとするのだが…ちょっぴり辛かった。

このお便りを書くために 職員は苦労なさったのだと思う。
感謝しなければ…と思うのだが はがきを見ているとぼやけて見えてきてしまう。

もう 書けないだろうか…と思ったりする。

いろんな現実がある。
能力がひとつずつ消えて行っているのは判っている。
出来ない事がいっぱい増えていている事も判っている。
それでも希望を捨てずに 前を向いていたのだが…。

自分が母の病を受け止めきれて居ない事に愕然とした。

「おいおい しっかりしろよ♪お母さんが困るよ♪」と父の声が聞こえた。

気が付けば 数通の暑中お見舞いに返事を書いていない事や返事を書いていないお便りが あった事を思い出した。    …駄目じゃんね…







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