母のタイムスリップ日記
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2005年07月14日(木) 母親業優先


 夕方の便で娘は成田を飛び立った。
1週間のアメリカ出張。

昨夜 午前零時近くに帰宅した娘に夜食を出して「おやすみ」と言うと…。
「冷たいなぁ〜」と。
「しょうがないねぇ〜」とトランクに詰め込むのを見守った。
手伝いをする事はないけれど…。

気が付けば 午前2時。
「今日は 此処まで」という事でようやく就寝。

「通院して薬を戴いてから家を出る」という事だったので 夫を送り出してから娘を起した。
夫も声をかけたい様子だったが…伝言だけ残して出勤。
「気をつけて!もしもの時の為に 大使館の電話番号だけは控えていくように…」

ほんとは 此処で母のリハビリに立ち会うため出かける予定だった。
が 何とはなしに「家にいて…」を発信しているので 急遽 療法士さんと施設に今日は立ち会えない旨を電話連絡。

娘が「いてよ…」と言うモードを発信している時は やはり親業優先だ。

通院してお薬を戴き お茶を飲んで 娘は出て行った。

午後一で 母の所に向かう。
気になっていた排便は特に心配なかったようだった。
ニコニコする母に胸をなでおろした。
入所者のご家族もいらしており 入所者も含めてちょこっとお話。
我が家の菜園でのじゃが芋堀りの日にちを職員と調整した。
お互いの都合の悪い日を洗い出して 後はお天気次第という事になった。

母と散歩に出た。
少し遠くまで歩こうと思ったが 途中まで行ったら 疲れた様子だったので
公園で休息。
公園にはモニュメントがあって 其のひとつが球形だった。
それを見て「あの マリは 良く転がらないね」と驚いていた。
説明をするよりも同意していた方が良く伝わりそうだったので「そうだねぇ」と頷いた。
「ひとつ ふたつ みっつ…むっつ」と数えだした 良く見るとモニュメントの数を数えていたのだった。
「あたりぃ〜」と言うとニッコリしていた。

場面が繋がらない事が判るようで「判らないんです」と幾度も言っていた。

それでも 歩き始めると「大丈夫」と気合を入れて歩いていた。
疲れが出る様子だ。
元気は元気なのだそうだ。

汗も出たので ファミレスに入って お茶を飲んで軽くおやつ。
「美味しい」と言う言葉はなかったけれど 黙々と食べていた。

涼んだ後で 再度歩いた。
畑で作業する人の様子を見たりしながら…。

施設に戻ると おやつタイムだった。
ご家族と一緒にテーブルを囲んでワイワイみんなでおしゃべりしながらティータイムだった。

ちょっと居室に入った時 何かを書きたそうにしていたので カレンダーの裏を使って 落書きできるようにエンピツを渡してみた。
カレンダーを表に直して 数字の下になにやら記号を書き出していた。

娘が成田から飛び立つ時間が来たので 家に戻った。

今回はイギリスでのテロが起きたばかりで 何となく不安げな表情だった。
きっと 飛び立つ前に電話してくるだろう…と思っての事。
家に着いて数分後
「これから 乗り込むよ」と電話が来た。

この1週間はメールが行き交う事になるだろう。
30年近く前に夫がヨーロッパに出かけた時の連絡は「はがき」が主流だった。
「それに比べれば 距離感は大分埋まっているんだなぁ〜」としみじみと言う夫だった。

今頃は飛行機の中…きっとあいつはグーグー寝ている事だろう。


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