母のタイムスリップ日記
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| 2005年07月05日(火) |
介護だけでは 済まないんだよね |
家族会だった。 認知症の介護をしていると ほんとに疲労困憊状態に陥る。 病と判っていても どうにも寄り添えなくなってしまう時がある。
介護のみならず 家族関係まで悪化して介護環境が泥沼化してしまう事例は多い。
他人事のように書いているが 私自身も 泥沼の中でもがいた口で大層人を傷つけ わが身も傷ついた。 そういった時間を過ごして 今 ようやくマイペースを取り戻せているのだ。それも 施設に母を託しながら…である。 母を捨てたような…人間失格であるかのような…実に複雑な思いで過ごしてきた。今でも 其の思いは捨てきれないが デモ でも 施設に託したからこそ 母にいつも優しく接する事が出来ているのだなと言う自覚もある。
どちらを選ぶかは 介護者それぞれである。 良い 悪い等の物差しでは 計りきれないだろう。
でも いつも思うのは「母の思い」である。 母は どう感じているのか? 母も寂しさを感じながらも「これで良い」と思っている節はある。 我が家にいる時 「あなたに迷惑ばかりかけているから 私は宿に泊まります」とか「この近くにアパートを借りて暮らしてはどうだろうか」と言う話を幾度も言っていた。現実に認知症は進行しており夜間だって落ち着きをなくしてしまう状態で一人暮らしなど無理な状態だったのに…。 時折 真顔で「私 就職したい」とも言っていた。
おそらく こちらが目いっぱい母に合わせていても そういった言葉は出ていたと思う。「迷惑をかける」事は重々承知しているのである。 言葉で言い表せなくとも おかしな行動もそういう思いから派生しているだろう事は容易に想像できていた。
それでも そういう母の言動は「私の介護に未だ不満がある」と責められているような気持ちになってイライラした事も事実である。 「目いっぱい 介護しているんだから」と言う 私自身の高慢な思いが透けて見えたのだ。
介護とは ある意味で合わせ鏡のような物で 時として自分の醜い姿を写し出してしまう。 今でこそ 自分は醜いという事を自覚しているが 介護を請け負わされた時には「私しか出来ない 私が看るしかない」と言う自負が強かったんだろうと思う。
あの時期は 今とは別の苦しみが母には有っただろう。
そう言った事を踏まえながら 今日のご家族のお話を伺っていた。 おそらく 1人の方のお話を他の方全員で受け止めていたと思う。 溜まりに溜まった澱のような思いをみんなの共通の思いとして受け止めていたと思う。強い負のエネルギーは 1人では受け止めきれない。。。 家族会のよさは 皆で受け止める所にもあるのだろう。
そして 人の話しを聞いている間に 自分の抱えている問題はそれ程でもないなという思いに行きつく時もある。 ほんとに不思議な空間である。
いろんなお話を聞いている内に 自分の内側に微妙な変化が生まれている。 弟自身のプライド 未だ受け止めきれないけれど屈折した思いが見えてくる。そして お嫁さんの思いも…。こちらから 折れるべきかとも思うが…。 この部分は 私1人が折れたところで解決に至らない事情もある。
夫や娘の内側には 私自身より強い不満が残っている。 表には出さなくなっているけれど 捨てられた母に対する哀れみとでも言うのだろうか…。
掛け違えたボタンは 何時戻るだろう。
父の苦い表情が見えるような気がする。 「未だなんですよ。お父さん♪ 勘弁ね♪」
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