母のタイムスリップ日記
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認知症とは とても不思議。 学術的には直らないと言われている。確かに 元気な頃の状態にはなれない。だけれど 時折 思い出したようにひょっこり出来たり 残っている記憶で動いているうちに ひょんなことから出来てしまったり…。 そういう事を幾度も目の当たりにすると 改善出来る方策があるのではないかと思ったりしてしまう。
排泄もそうだ。 トイレ誘導で 下着を下げている間にもタラタラと出してしまう事もある。 でも この所の母を見ていると我慢していてると言う風にもみえる。 母の発信する信号で トイレ誘導するとちゃんとトイレで出来たりする。 一時期 かなり悪くなっていた。 でも今 少し坂を上がっている風にも見える。 こちらの思い過ごしかなぁ〜。
今日の折紙もそうである。 折紙を途中まで折ってあげて続きを折ってもらう事すら 困難になり この半年位 折紙をする事はなかった。 折紙を手にしても 屏風のように折るだけだった。
今日 母の隣に座して折紙をしていたら 母も折紙を手に取った。 屏風折りだけでも良いと思っていた。 ふと見ると二艘舟を折っていた。更に魚らしき物も…。
折紙を始める前 持ち込んだ折紙の本を母に渡した。 母は その本を声を出して読み あはは おほほと笑っていた。 折紙の教本だから 面白い所など全くない。説明文なのだから。 でも母は 読み間違えて 語呂合わせの面白くなって笑っていたのだ。 時折 静かになっている時もあり その時はじっと読み込んでいたのかもしれない。
折紙は5センチ角も小さなものだ。 だから 織り上げると2〜3センチほどの作品に仕上がる。
職員がみて「○○さんは 細かい仕事がほんとにお好きですよね」と言われた。それ程 指先を使う折り方だった。
母は折り方を良く知っていた。 認知症が始まっても 私の知らない折り方をいくつも知っていた。 認知症になった母から教えてもらった物も大分ある。
今日の折紙は 決まりに沿って折ったのではないような気がしている。 でも 断片的に覚えている折り方を実行しているうちに仕上がった風に見える。 そうであっても その断片的な折り方で作品が出来る…。
そういう断片的な能力は どのくらい残っているのだろう。。。 そういう能力って 検査出来ないのだろうか? 連続した物にならなければ 本来の姿に戻る事はないのだろうけれど…。 それでも こういった偶然が重なると 未解明な脳の構造を調べなおせば少しは何とかなるのではないか…なんて思ってしまう。
偶然が織り成した事とはいえ ちょっとした感動を覚えた。
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