母のタイムスリップ日記
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2005年05月04日(水) 五月晴れの下で。。。


昨夜は最終トイレ誘導 午前零時30分。
トイレで排尿できた。
疲れているのか 夢うつつの「おかちゃん」と呼ぶ声はなかい静かな夜だった。午前3時半「トイレに行こう」と誘うが眠くて起きたくない様子で「いや」と言って起きない。力で半分まで身体を起すと直ぐゴロッと横になる。
「ね おトイレに行こうよ」と3回起してようやく目を覚まして トイレにいけた。しかし この間のもたつきでオムツに少量出ており しかも最中。
残りは トイレで出来たからま 良いか。。

後は7時過ぎまでぐっすり眠っていた。
「おかちゃん 朝ごはんは作って有るの?」と言う声で目覚めた。
「お腹空いたの?」と聞くと「ぺこぺこ」と言う。
とりあえずトイレ誘導してから 母を布団に残して 食事の支度を途中までやった。それから 母に着替えてもらい洗面してテーブルについてもらった。新聞を見てもらっている間に 更に支度をして 朝食。
今朝の進行は普通だった。
でも 途中で洗濯機を動かしに離れたら…戻った時 丼のひじきの煮つけが全部消えていた。

みんなの分小分けして 母にも小皿に分けた。
けして少ない量ではない。。。
豆を選んで食べていた事は気が付いていたが…まさか全量食べてしまうとは…。でも 海草だし 大豆も入ってるので 良いと思うことにした。

今日も洗濯機を2回廻した。
朝食に食べ零しが有ったので 直ぐに洗濯追加となったのだ。

それから 洗髪。一昨日の晩洗ったけれど汗をかいたようだった。

その後夫の運転で 隣町の大きな公園に出かけた。
近くだから…と思っていたが 凄い混雑で駐車場はかなり外れた所しか空いてなくて…。トコトコ歩いた。
それから博物館を見て回ったが 母はかなり疲れた様子だった。
これでは園内を歩いて回る事は無理と思い 車椅子を借りた。
母は 車椅子をみて嬉しそうだった。
言わないけれど 無理をしているのが見えるくらいだったから…。

言葉もなかなか出なくて 言いかけては何をどう伝えるか…言葉を捜しているうちに話したいことを忘れてしまっていると言う状態が続く。
これが最近非常に多くて…。
そのくせ 博物館で夫が先に進むと「ほら お父さん 行ったよ」とか夫より先に行こうとすると「未だ見ているようだから…」と細々気を使っているのが見える。そういう言葉は割りにすんなり出てくるようだ。

売店前で休息。皆でお団子を食べてお茶を飲んだ。
夫はここから別行動。
母の車椅子を押しながら 園内を歩き回る。
少し歩くと水車小屋があった。ここでは粉を挽いているのだ。
♪緑の森の彼方から 陽気な歌が聴こえます。あれは 水車の回る音…コトコトコットン♪と唄うと母も続いて唄う。
れんげ畑の前では♪ひらいた ひいらいた 何の花がひらいた れんげの花が…♪と唄うと母も歌いだす。
繰り返し繰り返し 母は思い出したように唄っていた。

昨年の夏には 母の車椅子を押していたら 逆に私を乗せて押してくれたが…今日はとてもとてもであった。
特に足が痛く辛そうである。

古い民家や昔のポスト 白いガラスの傘の下に電球。。。昔の景色である。
母にとって今とのギャップという事もない。
今も昔も混在しているのだろうなぁ〜。

それでも木々を見上げては目を細め れんげやポピーのお花畑では「わぁ〜」と歓声を上げた。
言葉は出なくとも 表情や声で嬉しさが伝わってきた。

それでも疲れたようなので 帰路に着く。
駐車場まで歩くのは大変なので 夫だけが動いて私たちは公園前で待っていた。

7.8年前までは 母と歩いて来ていたのになぁ〜。
でもあの時だって 楽に歩けた訳ではないのだし 幾度も幾度も休みながらだったけれど…。もっと沢山の言葉が出ていたなぁ〜。
植物の名前 樹木の名前 鳥の名前…。

夕食が遅かったので 遅くまで起きてもらった。
お腹がいっぱいでご飯は全量摂取とは行かなかった。けれど ご飯は残しても トマトや南瓜は食べて続けていた。

かなり疲れて眠そうだったけれど入浴もした。
菖蒲湯に浸かった。
「明日はお節句よ。だから菖蒲湯」と言うと「お節句ねぇ〜」と感慨深げ。身体もしっかり洗ってあげて…。

今日も布団に入ったら直ぐに寝息を立てていた。

母にとってこの2日は 少しハードのような気がしている。
どうもこちらが何かしないと どんどん母の機能が落ちていきそうで焦っているかもしれない。 
今の母にとっては 普通の生活に近いほうが良いような気もしてくる。
考えれば 89歳だもの…。



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