母のタイムスリップ日記
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| 2005年03月24日(木) |
思うように行かない日々… |
今朝はリハビリの日。 できる事なら 通院しようと予定していた。 駅に向かって半分程歩いた時お財布が入ってない事に気が付いた。 どうしよう。。。と思ったが時間の余裕が無い。幸い小銭入れが有ったので戻る事はしなかった。
施設では 朝食の終わった みんなとテーブルを囲んでいた。 少し職員と話してから居室に入った。
居室はおしっこの匂いが充満していた。 お布団と毛布が部屋に出ていた。においの基だろうと 一応外に干した。 「どうしよう。。。」とウロウロしてしまった。 職員は「一応干して 消臭スプレーを吹きかけたと報告がありました。尿量が多かったようです」と言われた。 なおさらうろたえてしまった。 やっぱ 此の儘 この布団に寝るんだと思うとどうにも切なくなった。 子供が寝小便した時だって 生渇きの布団は使わないし 濡れた所を熱湯をかけて それを古タオルで拭き 風にあてるだろうに…。 洗濯物ですら乾かないお天気だから 布団だって乾き難いだろうし…。 毛布だって大分湿っている…濡れている所すらある。これをまた今晩かけるという事なんだ。。。 「長い防水のシートを使った方がいいでしょうかね?」と聞くと「蒸れるから家では使ってないのです。若し家族が希望して使用するならそれでもいいですよ」と言われた。
急いで母を居室につれて行った。 母の靴を脱がせるとポロポロとお菓子の紙が出てきた。 療法士さんが見えて 靴下を脱がせるとまた飴の紙が更に出てきた。 二人で笑ってしまった。 今日は 動く日のようでじっとしていなかった。 手をアチコチ動かしていた。
リハを終えてから…やっぱこっちでやるしかないんだなと覚悟を決めた。 その間に 母の着ていた洋服も洗面台で洗って干した。
こんな時に限って お財布を忘れるなんて…情けないなぁ〜。 母は施設で食事してもらい 急いで家に戻った。 陽射しが出てきたので ついでに洗濯物を外に干した。 昼食を摂って 他の用を足し防水シートとシーツも持参して 再度施設に向かった。
母の部屋はやっぱり臭かった。 居室にも何とかしないといけないなぁ〜。こういうのって 施設では当たり前の事なのだろうか?こみ上げる思いを堪えた。 やっぱり 限界かな? 排泄対策が思い浮かばない。。。
毛布と洗濯した物を持って 母とコインコインランドリーに出かけた。 実は毛布は土曜日に持ち帰り洗濯したばかりなのだ。 1週間の内に2度も。。。 洗濯しながら母におやつを食べてもらった。 茶を入れる時間もなかったのでジュースを2本買ってきた。 母は 機嫌が悪かった。 職員から「午後になると娘さんを探して機嫌が悪くなるのです」と言われた。でも 今日の母は私に対しても機嫌が悪い。 「いろいろ 言われて面倒。。。」と母は言っていた。 この言葉が何を意味するかわからない。 でも 今日は私も「顔を洗う事 歯を磨く事 トイレに行く事 頑張ってね」とさり気無く言った。これも機嫌を悪くさせた原因だろうと思う。 今の母にこういった記憶を強いる事は無理なのだ。 出来た事を褒める。。。それが母を安定させる事になると判っていても どうしてもカバーしきれない現実となってしまい 気持ちが焦るばかりである。在宅だったら こういう事はしないよおおお〜。
何とか洗濯を済ませたけれど 毛布に匂いが染み付いている。 やっぱ 家に持ち帰ってちゃんと洗濯して仕上げ剤を使わないと駄目なんだな。
敷き布団の上に防水シートを敷き それにカバーをかけて シーツを敷いてその上に更に防水シートを敷いた。 でもなぁ〜 根本的に布団が乾ききって居ないしにおうのだから 解決ではないのだ。 押入れに布団を入れるのも嫌になってしまった。 結局押し入れに匂いが篭り 他の衣類にも匂いが沁み付いていきそうだ。
とっても重たい気分で帰宅。
これまでは 汚れたパジャマが入っていてもこちらが洗濯したし シーツだって数回洗濯している。衛生上の対策は出来る限りとってきた。 コインランドリーで出会った知り合いが「えっ 施設で洗ってくれないの?」と聞いてきていた。答えようが無くて苦笑いを返しただけだった。 これまでの対策では追いついていかなくなるなぁ〜。
これから 暫く 朝にボランティアの人に入ってもらい洗濯を頼もうか…とも考え始めている。。。 どう考えたって このままでよい筈はないし…。
あっ やっぱ通院出来なかった。 後 行けるのは土曜日かぁ〜。 またぼやき日記だな。。。
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