母のタイムスリップ日記
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2005年03月12日(土) 切り紙

 午前中 娘と話しこんだ。
娘とは実にいろんな事を話す。
介護関連の話しになった時 会社でふとした事から祖母の話しになり 当然認知症の事にも及んだらしい。
娘が「○○ちゃん」と祖母の事を言った時に複数の方から「それは おばあちゃんをバカにしているんじゃないの」と言われたらしい。
娘がいくら違うと言っても無駄だったという事だった。

確かに 私自身も 始めは 母を名前で呼ぶ事に抵抗があった。
でも「おばあちゃん」で反応しなくなる事が出てきて「○○ちゃん」には反応したりで…特に嫌がらないので流れに任せてそう呼ぶようになった。

我が家では「おばあちゃん」はもう死語に近い。

しかし 軽んじている訳ではない。
むしろ 尊敬の思いを込めて「○○ちゃん」であり 今を同じように生きて行く仲間として「○○ちゃん」である。

母は 言葉遣いには厳しい人だったから 病にならなかったら怒るかも知れない。

「○○ちゃん」と呼ぶ事が良いか悪いか…は分らない。
苗字は変わるけれど 名前は変わらない。だから 受け容れやすいのかも知れない。。。

午後 母の所に出向く。
母はソファーに座って歌詞を読んでいた。その少し前までは 歌ってもいたらしい。穏やかな表情だった。
「隣に座って」と言う仕草をしたが 持ち込んだ物の整理を先に済ませ 母を居室に呼びトイレに誘導。
下着を替えて 清拭をしたらどうやら便が出そうな感じだったので 数回いきんでもらう。その内に自力でいきむようになり 排泄完了。
職員に報告すると6日目ですねと言っていた。
という事は 先週の土曜日に私が排泄させて以来かぁ〜。

その後 少しお茶を飲んでから散歩に出た。
来た時には 寒くはなかったのに 外はお日様もかげり 風も強まり寒かった。「雨でも降るのかしら…」と言う言葉を聞き 自然から感じ取って予想できるんだなと思った。
何でもかんでも 分らなくなって行くような錯覚に陥るが 残っている能力はまだまだあると分り 嬉しくなった。

パタパタと急ぎ足で歩いてみたけれど 母のホッペは冷たくなった。胸から腰にかけて風が抜けるようで「ここが寒い」と訴えてきたので 散歩を切り上げた。施設に付いた時職員が出迎えてくれた。
「寒かったので 早めに引き上げました」と言ったら 職員が母のホッペにホッペをくっつけ「わ ほんとに冷たいね」と。
私も最近 他の入所者にそういった事をするけれど…職員までそうしてくださる事に嬉しくなった。

実は今入所者のお1人が寝込んで居られる。
食事も出来ないので点滴をしている。幸い針を抜く事はないが 目が離せないのである。手を動かさないようにいろいろ工夫を重ねていらした。
そのひとつがソックスを握らせる事だった。それでは あまりに殺風景だったので「ぬいぐるみはどうでしょう?持ってきますね」といって母の居室から彼女の好きな猫ロボを運んだら…施設のぬいぐるみを2個腕にのせていた。話を聞き入れてくださった事が嬉しかった。
猫ロボを枕元に置いてその場を離れたら…更に猫ロボも上手に使って動かさない工夫を重ねていた。

こういう場面が多くなった。
いろんな壁があったけれど…その壁もだんだん低くなってきているような気がする。

職員が出してくれた熱いお茶を飲んで 身体を温めてから 母と何か出来ないかな…と思って棚を見ていたら…12月に百均で買ったミニ色画用紙が見つかった。それにチューリップの花を描き 鋏で切り取って貰った。
3色のチューリップを何とか切り抜けたので それを居室のドアに貼り付けた。「これはなぁ〜に?」と聞くと「チューリップ」と言えた。

残った色画用紙を組み合わせていろいろな事を始めた母。
それを見た職員が見やすいように…と白い紙を準備してくれた。
母の創作活動が久々に見られた。
母の後ろで職員に手を合わせ「宜しく御願いします」と言い施設を後にした。

外を吹く風は冷たいけれど 施設の中を吹く風は暖かだった。












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