母のタイムスリップ日記
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2005年03月10日(木) 駄目な親だね♪


 母のリハビリを受けた後 我が家に向かった。
途中 バスを乗り継ぐまで 時間が少し出来たので久々にデパートに寄ってみた。何せ89歳のお誕生日が近くなっている。。。

大した事も出来ないけれど 季節の変わり目だし…やっぱり靴か洋服をお祝いの品にするしかないだろう。

母は この所自分の洋服と言う意識が高くなっている。
以前 母が衣類を「私のではない」と脱ぎ捨てて行ったのは「一緒に買ったでしょ」と言い切られる辛さがそういう行為に走らせたのであって 記憶の欠落ではなかったのかも知れない…と感じたりする。
双方の焦りや意地が悪循環を起してしまったのではなかったのかと言う思いに突き当たるのである。
いや これは 私と母の間の事であって他の人に当てはまるかは わからない。悲しい事だけれど 母の病は進行して 言っても始まらない現状であり母の全てを受け容れるしか方策がなくなっているので焦りや意地が随分減ったのだろう。だから 母の内面も穏やかになってきて「わかる 分らない」を自然に考えられるようになってきているのかも知れない。

デパートを回った後 バスに乗って我が家へ。。。
一緒に昼食を摂った。母は おかずだけ先に食べていく。
「このままじゃ ごはんと味噌汁だけになってしまうな」と思ったけれど静止する気持ちになれなかった。
ここは家だから 漬物や佃煮等有るから…いかようにでも対応できる物…。
しかし よく食べる 食前にタンカン1個。味噌汁。南瓜とサツマイモのコロッケ。ほうれん草のお浸し。かぶときゅうりとオリーブのサラダ。ひじきの煮つけ。それらを先に食べて ご飯が半量残った。
「ねぇ〜」と言いながら青唐辛子の味噌漬けを細かく刻んだ物をご飯に混ぜ込む。「からいよ」と言うと「辛いねぇ〜」と言いながらも食べていた。

その後 暫くして…「チョコ食べる?」と聞くとふふふと言う顔をしながら「チョコ 食べるよ」と言う。ほんの少し上げた。あまりにおいしそうだったのでケーキを出すとチョコを休止してケーキを食べた。
ケーキと言っても家で作ったもので少しだけ切ってあげたのだ。
お茶入らないと言いながら出すとしっかり飲んでいた。
「もう 満腹でしょ」と言うとニコニコしていた。

その後 お風呂に入った。
入浴前 トイレ誘導したのだが…出なかった。が 着替えを始めてパンツを脱ぎ終えてた時始まってしまった。
全く 緊急事態となった。母も止める術を知らず私も言葉を失った。目の前で展開する事態を二人で顔を見合わせながら過ごしてしまった。
今 思えば止める術を伝える良い機会だったのだ。
「ギュッと締めて!」といえる良い機会だったのに…。
結構 量が多かったのだ。
残念ながら 母に羞恥心はなかった。其処が救いでもあったわけだが…。

洗髪し身体を洗って浴槽に入った。

入浴後は手足の爪切り。特に痛がる様子もなく助かった。

おもむろに駅に向かった。
その途中に「○○ちゃんの子供は何人だったかなぁ〜」と聞いてみた。
「ふたりよ」
「へぇ〜。名前は なんて言ったかしら?」
「…」沈黙後「忘れちゃった。駄目な親だね」と笑った。
自分が子供を産んだ記憶は有るんだなぁ〜。
二人の名前を告げると「そうだった」と言う。
「可愛いでしょ」と言うと「うん」と言う。
「素敵な息子さんだから 褒めてあげなくてはね」と言うと…。
「いや…。駄目だって教えてあげないと…」
「だって 二人ともいい息子さんでしょ」
「いや…駄目なんだ」
「じゃ こらこらって怒れば良いの?」「そうだね」
こんな具合だ。
母が何を基準としてそう言ったのかは 分らない。
でも「娘の○○さんは…?」と聞くと「あの子は何も言わないから…」
「怒った方がいいかな?」「いや 黙っている子だから…怒らないでもいいんだ」
母にとって私は従妹であり 娘と言う存在ではない。
それでも 何処かで従妹と娘が溶け合っていて 多少の遠慮があったのかも知れない。

ついでに父の事も聞いてみた。
「○×さんは 何処にいるの?」「ふるさとだよ」
「○×さんと結婚して幸せ?」「うん。幸せだよ」
「良い人とめぐり合えて 良かったね」「うん 大事な人だ。優しい人だ」

久しぶりに家族の話をした。
母の記憶は曖昧だけれど…それでも家族の名前を出してあげるととても穏やかになって行くのが見えた。

それでいいんだよね。お父さん!


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