母のタイムスリップ日記
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2005年03月03日(木) ひな祭りなんだけれど…


忘れない内に 記しておこう!
◎先日の家族の会で有る方が言われた。
「日にちが分らない。番組表は見るけれど 理解で来ていないからチャンネルを合わせられない。それなのに…競馬や競輪の放送の有る日はちゃんとチャンネルを合わせられるの。『わかるの?』と聞くとニヤニヤしている」
◎ある保健士さんの言葉
認知症で寝たきり イロウを作って食べさせてもらう日々 言葉も発せない。それなのに家族が『大変なんだぁ〜』と言うとベットの上で両目から
ツーと涙が零れている。聞こえているし 感情が残っているんだよね」と涙ぐみながら話してくれた。

そういう事だと思う。
確かに介護は楽じゃない。だから 無理は禁物。
けれど 介護を受ける側も苦しんでいるという事を心に留めておきたいと思う。

昨日 母の事に触れなかったが…。
夕方なった頃「ここに泊まるの嫌だなぁ〜」と言った。
「何処に泊まりたいの?」と聞くと遠くを見ていた。
分っているんだけれど…どうしよう!

今日はリハビリの日。
母の所に向かった。
母は ヨーグルトとお茶がまだだった。
悪いと思ったけれど 療法士さんのみえる時間になるので スプーンでヨーグルトを口まで運んであげた。条件反射で口をアーンとあける母。
「ごめんね」と幾度も謝った。

居室に入ってトイレ誘導 既に出た後だった。
オムツを替えて 着替えて貰って手を洗っていたら療法士さんが見えた。
今日は 静かに横になりウトウトした。
ホールでは ひな祭りの散らし寿司の準備の様子が聞こえてくる。
「丁寧な仕事 有難う」と職員の声。
「私は女だから こんな事出来て当たり前 出来ないのは恥ずかしい事」と入所の声。
これは 明らかに認知症が進んで出来ない人に対してのあてつけの言葉だ。
こういう場面がちょっぴり辛い。

他の方はお互いを受け容れられるようになってきているのだけれど…。
昼食時等 麻痺のために入所している若い方が 隣に座った方がテーブルの上で手を動かしていると ニコニコしながら その方の手に触れていた。触れられた方は 相手を見てニコッとしながら手を引っ込めた。
たったそれだけの事だけれど…入所時には そういう場面すらなかったのだ。

先の方は今日は特別機嫌が悪かった。
「あたしね あの人に朝5時に起されたの!」と…。あの人とは…母だった。

施設で暮らすという事は こういうプラスとマイナスとがある。。。

昼食を途中まで見守ってから 今日は施設を後にした。
今日は 事業所の集まりがある。
家で食事をして お節句の五目散らしの下ごしらえだけをして開場に向かった。ついでに講演会のチラシがどうなったかと見たら 一枚も残っていなかった。他のチラシはたっぷり有るのに…。さて 参加希望者は どの程度になるんだろう???

そして 事業所の会合
新年度より 事業所の形態や活動形態が変わる。
それも踏まえての話し合いである。
予算が削減されるので その対応策も考えなければならない。
役所の予算予算削減だから致し方ないが…。
それでも 議会に陳情して願い出た事は 残してもらえただけ良かったのだが…。
役所の方針変更の度に ボランティア協力者が減って行く。
それでも 利用したい方はいる訳で このボランティア力は 利用している人にとってとっても魅力に感じてもらっているのも確かな訳で…。

新年度は移行期で 18年から本格移行とになるようだった。
これは 介護保険改革と同じ形であるんだな。
やはり 準役所みたいだなぁ〜。

もどかしさを覚え「他の地域ではもっと活発なのですよ」と小さな子声で言ってみた。すると「どの地域?」と聞かれてしまった。。。
「○×ですよ」と言うと「そうなんですか?」と…。
「おいおい 同じ立場でしょうにぃ〜」と言う言葉を飲み込み「そうなんですよ先日 直接うかがって驚きました」とだけ伝えた。

最終的にどのくらいの人が参加するか分らないけれど 日祭日対応で取り組んで欲しいし その協力は惜しまないと申し出ている。
当分は できる人が取り組む…それでよいのだろうなぁ〜。 

会終了後 急ぎ家に戻り五目散らしを作った。ひな祭りですから…。




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