母のタイムスリップ日記
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今朝は 家でチョコチョコとパソコンに向かっていた。 3月末に開催するチラシをどう配るか…もチラチラ考えていた。 「役所の介護の課まで行くの面倒だなぁ〜」「でも やっぱり出向くのが筋だよね」と自問自答。 「役所に寄ってから 母の所に出向くか」と決め 昼食後家を出た。
在宅中 御世話になり 家族の会の事も見守り励ましてくれる支援センターに先に寄った。ここでチラシを配れば きっと会に繋がっていない介護者にも知らせてくれるだろう。。。 玄関を入ると「あら〜」と歓迎を受けた。 忙しいのにお茶まで入れてくださった。
「御願いがあります。これを置かせてください」と言うと「あ やるんだねご苦労様…」と言ってくれた。 「私も行っていい?」「どうぞ いらして下さい。ただ収容できる人数に限りが有るので ご家族優先にさせて戴きます…」「ハイ そうなさってください」という事になった。 そして 厚顔にも「役所に行く時ありますか?」と聞いてみた。 「あ 今から会議で出かけるわよ」 「じゃ これ 係りに人に渡してもらえます?ほんとは行くべきなんだけれど…横着ごめんなさいと伝えてください」と言うと「了解」という事で決まった。さて 私も母の所に行こうかなと立ち上がったら…。
「はなさんお急ぎ?お話してもいいかしら?」と別のケアマネさんが言った。「はい なんでしょう?」と訳もなくちょっとドキリとした。 が お話と言うのは想像とは違っていた。 アルツハイマーになって5年ほど経過した76歳の人の話しだった。 その方が 今もショーをなさって居られると言うのだ。 それも入場料を2000円くらい戴いているというのだ。
認知症という事は ご本人も気が付いていて…。 有る所に所属なさっていらした方らしい。(ある所と言うというのは私も知っている位有名な所だった) 一度は駄目と思ったけれど どうも反応するので 取り組み始めたらどんどん思い出して行くのよ。いわゆる回想療法ってもののようだ。 今では 乗ってくると 自分で他の人を指揮出来るほどになるんだそうだ。 その人がショーに取り組めるのは 実は多くの人の支えが有るからだとも言われた。 「素晴らしいですね。結局のところ認知症って そうやって 社会に認めてもらう方向に動かないとこの先どうにもならないですよね。そうしないと共に生きるなんて事出来っこないですからね」 「そうでしょ。はなさんなら 理解してくださると思って…。今度ショーの有る時 案内状を出して良いですか?」 「勿論ですよ。是非とも見せて戴きたい。できうるならこの町でも取り組めればいいですね」とお話をした。 そのケアマネさんも その方のボランティアとして関って居られる様だった。わが町とは違う場所に住まわれているのだ。
その後 母の所に向かった。 ここでも講演会のチラシを配って貰おうと施設長に御願いした。 その前にも 施設案内のパンフレットを相当数戴いたので「活動レポート どうでした?」と先に聞かれた。 「お蔭様で いろいろ 話題となって 考えるきっかけ作りになりましたよ」と細かく説明した。
その後 今の施設の話しになった。 実は この所 母のフロアが入所者同士の連体感が生まれ始めているのである。勿論 まだの部分も有るけれど…。 それが 他のフロアと確実に違ってきていて 担当の職員もその事に気が付き始めて羨ましがられているという事だった。 ご家族も 変わっていらして…とも言われた。 このフロアは 自分の家族のみでなく他の方にも心を向け始めてきていて…それがよい影響を与えていると思うとも言われた。
フロアの担当職員も少し鼻が高いようですよ…とも言われた。 これから更に 工夫を重ね ご家族の協力を得たいと思っているんです。 無理のない範囲で 協力戴く事が施設がよくなっていくんですね。
とそんなお話だった。 「うるさい 面倒なおばさんだから 相当疲労したでしょうね」と笑いながら言うと「いえ そういう家族がいないと…」と笑っていらした。
先日の介護者ネットワークの会でも話題になった。 施設と家族がうまく協力できるように 工夫を重ねて育て上げる事が大切でしょうね…と。 グループホームだけでは ない。特養も同じだとネットワーク所属の家族が言われていた。その方も特養で いろいろ職員と入所者を含めて交流を計っている。何れも職員の理解がないとできない事でもある。
そういえば…。 最初に立ち寄った支援センターにも特養が有るが 支援センターの職員が「講演会のチラシ 特養にも持って行くからね。利用者本意の勉強してもらわなきゃ」と言っていた。
母の施設がよくなる事は嬉しい。そして 認知症の人が 社会に溶け込み更には 収入も得られるようになったら…更にいい。 そういう方向に 動き始めている事を肌で感じた一日だった。
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