母のタイムスリップ日記
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2005年02月25日(金) 介護の周辺で…


 利用者さん訪問。
今日は お買い物の付き添いだった。
行く場所は決まっていた御様子だったので 素材やサイズ等を一緒に見て欲しい感じだった。
決まっていても 後一押しの判断って欲しくなる時がある。
単に立ち会うというだけの役目で十分なのだ。
一見贅沢に見えるかもしれないこういう見守りの形…私だって欲しい時があるからよく判る。

利用者さんの周囲でも介護保険改革…が随分話題になっている様子だった。
これからどうなるか…心配の御様子である。
これだけ 報道されれば不安になって当たり前だろう。
ヘルパーやボランティア利用に踏み切ってない方から 質問を受ける事も有る様子だった。「利用料は?」と聞かれ正直に話すと「高いから 無理だわ」と言われるそうで話す事の難しさを感じるとも言われていた。

活動を終えて家に戻ったら 夫から電話 忘れ物を取りに戻るという事だった。げげっ!今日は生協の品を受け取りご飯を詰め込んだら介護者ネットワークに出向く予定だった。今回はレポート当番ゆえ 遅刻厳禁で電車の時間をチェックしてきたのに…。
程なく夫が帰宅。昼食の準備をして一緒に食べた。
「あのねぇ〜これから出かけるの。。。車乗せてくれる?」と頼むと「方向が違うけれどいいよ」という事にちょっと楽になった。
「面倒な事に…なんて思ってごめんなさい」と心の中で謝った。

ネットワークの参加者が少なかった。皆さん「風邪」でダウンされているようであった。
レポートはさて置いて 今日は介護保険の行方が自然に話題になった。
自治体による違いが見えて来るのである。
この会に有る地域の社会福祉協議会(以後社協)の方が参加されている。
全般的に言って社協の構成員は役所の人が就いている場合が多い。
それだと役所に右習いしてしまうの殆どである。
参加している社協は役所からの人が1名のみだという事だった。
やはり そういう構成でないと独自色は出せないだろう。
この社協は 介護家族の為の1泊旅行を組むと参加者が20以上で日帰り旅行を組むと40名もの家族が参加するそうだ。ショート等のバックアップも陰で多少取り組んでいる様子だった。
我が地域の行政が組むそういった介護者のための旅行の参加者は非常に少ない。それは 参加するためにワザワザショートを組むのは家族の仕事となるので 其処までの無理はしたくない…と言うのが介護者の本音だろうだからと思う。
今日 集った人たちも其処は一致していた。

介護保険についても いろいろ論議された。
結局はネットワークとして これから先どうして欲しいかを厚労省や世間にアピールして行く事が必要だろうという事になった。
今の流れとしては 有る一部の意見の吸い上げになっている側面も有るので
国民 住民として訴えていくべきだろうという事だ。
一歩一歩の積み上げ…小さな流れを作る事。。。
認知症の理解を深めてもらっていく事が一番だというのが共通認識となった。
参加者の有る方が言っていたけれど…。
一番重要な事は投票だと。。。
そうなんだよね。其処が今機能していないのがよくないと痛切に思う。

「認知症」と言う呼び方も話題になった。
これは 地域でも話題になった事である。
これの読みとして「痴呆症の告知」に動き出しているからではないか…という事を耳にしたことがある。
一方的な意見だけれど 呼び方を変える事に意味が見出せない…と言うのが私の周囲では大方の意見である。それよりも痴呆症の理解を得る事の方が良いというので有る。
痴呆症と聞いて絶望するような社会では…という事である。

今日の会はお互いに認識や地域の情報を知るためにとても有効な会となった。会が 有る方向に向かって少しずつ動き始めたように思う。

家に戻ると電話がチカチカ。
介護仲間からだった。
1人はお母様が亡くなられたという事だった。
もう1人は 介護の悩みの話しだった。1時間近く話しこんだ。
重たいお話だった。私自身 その方程の苦労はしていないけれど…。
立場こそ違っても似た様な道を歩んで来た者として状況が目に浮かぶし 苦境が見える。辛い涙が電話越しにみえ こちらもグッと来た。
解決の道等言える筈もなく 話しこんでお話を聞くだけ。。。

家族同士が纏まるって簡単ではない。。。
納得できなくても 距離を保ちながら…。口で言うほど簡単な事ではない。




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