母のタイムスリップ日記
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今日は珍しく家族揃っての休日。 ちょっとお寝坊。。でも昨夜寝付いたのは午前三時だからなぁ〜。 母が居なくともこんな感じになる日もある。 私は 午前零時過ぎにお布団に入ったけれど…。 なかなか寝付けなかった。 と言うのも母の行く先の不安が大きくなっているので有る。 病の事は仕方ないと思っていても いろんな昨日が低下して来ていて…母にとってどうなのだろう…という不安で有る。 若し食べる行為を忘れてしまったら…と思ってしまったのである。
飲み込むと言うのは反射的な事と思っているけれど…でもやっぱりこれも能力と関係有るのだろうか…。 この反射能力…いくら首の筋力を鍛えてみても能力そのものがなくなったら…。 そしたら歩く能力が残されていても意味がないのじゃないか…等と取り留めのない事を考えてしまった。
もう少しこの辺の事を知っておく必要がありそうである。 何だか急に闇の中に突っ込んでいくような…そんな気がしてしまった。
それでも 家族が帰宅して ちょこっと話しているうちに気が紛れて眠れた。これを1人で背負っている人は如何に苦しいか…。
昼過ぎに 友人からファクシミリ。 ご家族が「荷物が届いた」と知らせてきたのだろうと思っていた。 だのに…ファクシミリの文字は友人のものだった。 「げっ あいつ…」と思った。 どうやら外泊願いを出して家に戻っているのだった。 全く あいつらしいわ! 「やっぱり家が一番」だって。 明日には 病院に戻るようだけれど…。
午後 1人河原に散歩に出た。 見事に晴れ渡って青空がとても綺麗。。。 でも北風が予想以上に強くて 驚いた。 ポケットに手を突っ込んで肩をすぼめて河べりを歩いているうちに思い出した。
母が在宅の頃は こんな日だって母と連れ立って歩いていた。 これに夫も加わって3人で歩いたのだ。 母は80を越えていた。 歩きながら「寒い」と感じて引き返そうかな…と思ってしまったけれど これを母に強いていたのだから…引き換えしたら 何だか母に悪いなと思った。少なくとも80までは 私も負けないようにしなくちゃね。
デジカメを取り出してチョコチョコと撮影。 でも 護岸工事をしていて冬鳥の姿は向こう岸だ。 遠くで川鵜や青鷺が群れて飛び立った。 カメラを向けたけれど あまりに遠すぎた。 冷たく強い風の中で 工事をしている人の姿が有った。 工事の機材には青いシートが掛けられていた。そのシートが風を受けて大きくはためいている。。。 いつもの散歩道は 工事のために通行禁止 従い迂回せねばならなかった。
散歩道には 高齢に差し掛かって居られる方も多かった。少なくとも私よりは10歳以上年が上の方と思しき人たちが トレーニング姿で汗をかいて走って居られた。 こりゃ「さぶい」なんて言えませんわ。。。 歩いているうちに身体はホカホカしてくるけれど…顔に当たる風は冷たい。 2時間近く歩いて今日は終了。
今の母と一緒に歩く事はもう無理だ。 でも 母が好きだったこの景色…あったかな日を選んでちょこっと岸辺に立ってみるくらいは出来そうである。
夕方幼馴染から電話が入った。 そういえば賀状が来ていない。お母様がどうかなと直接聞き出せなくて…。 「かわりない?」と聞いてみた。 電話の向こうでグッと詰まった声がした。 「姉が…亡くなったの…」と。 「昨年の2月だから…もう大分気持ちも静まったけれど…」 お姉さん?未だ若いのに…。60前だよ…。 「母が辛かったと思う」とも。 そうだよね。ふるさとでお母様の事を見守っていらしたのはお姉さまだったものねぇ〜。 幸い一番下の弟さんが お休みの度にお母様を外に連れ出してくれているって言っていた。良かったねと胸をなでおろした。
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