母のタイムスリップ日記
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2004年10月23日(土) あるセミナーで…


ブライデン夫妻のセミナーから戻って見ると 地震のニュース。
電車移動中で揺れは全く気が付かなかった。
しかし「電車脱線…」と言うニュースは 衝撃的でテレビのスイッチオン。

詳しい事は 夜が明けてみないと判らないだろう。。。
高齢者の犠牲者の少ない事を祈るのみ。
そして 火災や爆発等の二次災害の起きない事を祈る。

午前中 利用者さん訪問。
こちらでも「ご相談が…」と始まった。
「改装するのに どうしたら一番よいと思う?」という事だった。
いわゆる主婦的感覚の部分での質問だった。

利用者さんは動けなくなってからの改装は避けたいから…という事だった。
けれど どんな形で動けなるかは判らないから 前もっての準備が仇になる事もあるので ゆっくり考えてからの方が良いと思うと伝えた。
利用者さんのお宅は 収納スペースが沢山有る。
「無用のスペースがありすぎるのよね。私が考えて作った家なのだけれど…」と言われていた。
でもこのスペースこそが 全体に散らからないようになっていると感じた。
ゆっくりと考えるという事が今日の結論。

活動を終えて 直ぐ家に戻り 昼食をとって セミナーに向かった。
娘が「時間ないでしょ」と足になって駅まで車で送ってくれた。
それでも会場には滑り込むようだった。会場の入り口近くで後ろからポンと肩を叩かれた。
振り向くとネットワークの仲間だった。
「行く」と言う約束はしてなかったけれど…偶然に出くわす事って有るんだなぁ〜。

講演会の前に石橋さんのオーストラリアを訪問した時のスライドを見せてくださった。この石橋さんが小澤勲氏にブライアンさんを紹介した人でもある。明るく一生懸命な方と感じた。

クリスティーンさんはアルツだけれど…きちんとお話できた。
お見受けする限り アルツとは全く判らない。

これは特例だと言う人もいるらしいけれど…きっとサポート次第でこんな風に過ごせるようになると確信した。
これは 母と過ごしてきても感じはじめている事である。
もう少し早く 理解していたら…母をもっと上手にサポート出来たのだろうと思った。「こんな 娘でごめんなさい」とそっとお詫び。。。

介護のポイントは…。
非言語の部分でのサインに耳を傾ける事、「ケアパートナーはひたすら痴呆の人に耳を傾けてください。目、耳、手 全身をを使って耳を傾けてください」というポールさんの言葉…。
確かに平安な毎日ばかりではない…とも言われていた。
夜 急に来客が有ると思い込んで大掃除を始めようと言われた時 此の儘では彼女は一晩中 心配で眠れないだろうと思って 一緒に大掛かりな掃除を始める事もあったそうである。
掃除後 ようやく二人安心して眠りについたそうである。

母が眠れない時 いかに眠ってもらうかと格闘した事を思い出した。
なかなか寝付かない時「今 何時だと思っているの時計見てよ」と午前1時を回っている事を確認させた事も度々有った。
それも腹立ち紛れに かなり声のトーンが上がっていた。
母を混乱させている…と判っていても…こちらの疲労度を考えると治まり切らない自分がいた。
時に一緒に祈る事もあったけれど…それはかなり冷静だった時の事である。

もうひとつのポイントは 出来なくなった事を考えるより 何が出来るかを考えた方がいいという事だった。
「何がしたいか?」を聞くよりも介護者からオファーして選択して貰う方が混乱がないそうである。
また「わかる?」と言う聞き方をしないで下さいとも。
痴呆という数奇な世界と私たちの暮らす世界とを行き来しているような感覚で見てください。力をあわせて歴史を刻んで下さい。
自分の悲劇を勝利に変える…と。

クリスティーンさんの言葉で
「現在の時にしか生きていない。ケアパートナーがいてくれる事が絶対です。考えはひらめくが 覚えていられない。書き止め整理していく。言っている事と思っている事が違う時も有る」

メモを取ったけれど…なかなか追いついて行かなかった。
介護者ネットワークの仲間とちょこっと話した。
日本に定着するかしら…。
以前と比べて痴呆に対する理解は深まってきているけれど…まだまだ介護者ベースである。
それに関係の不味さも影響するし…経済的な事もある。
今の状態…をうまく打開していけるだろうか…。
そんな話をした。
その時 痴呆症の告知の話になった。
これは また別の機会に…。

今日の会は介護職のための痴呆介護セミナーで介護職の参加が多かった。
さて、どの程度現場で生かせるか…。
勿論自分自身も含めてである。

今日の夕方 NHKでこのご夫妻の生活が再放送されると言っていたが…。
あの地震騒ぎで どうなっただろう…。


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