母のタイムスリップ日記
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今日は 家族会だった。 大雨で 果たして何人の参加者になるかなぁ〜。 アラジンから介護者の訪問が有るけれど…悪天候の中見えるのに…誰もいなかったら 申し訳ないなぁ〜なんて考えていた。
心配は杞憂に過ぎず いつも通りのメンバーにプラスして新しい方も足を運んで下さった。久しぶりの参加者もいらした。 いつも会を有形無形でバックアップしてくださるアラジンの方を会のみんなに紹介できて良かった。
介護暦10数年になっても 尚 学ぶ事が多い。 情報は 絶えず新しくなっているし…病の進行での対処の知恵等も耳に入る。それより貴重なのは 今日のような新しい参加者の悩みを聞くという事。介護初期からずっと家族の悩みも引きずってきているが…初期のころと違い少し引いて物事が見えるようになっている。 そこで 逆の立場の人の悩みを聞いている内に「そうなんだよね。そんな所で腹が立つんだよね」という思いに至るのである。 いや 初期の頃だって 建前で考えようと努力してはいたのだけれど…。 この努力が曲者で「私はやっているよ」と言う気持ちが勝っているのでどうしてもストレートに響かなかった。 でも 最近 話されている事に言い訳する気持ちが消えてしまっている。 ごく自然に心に入り込んでくるのである。 そしておそらく私の心が癒されていると同じように激しい言葉で介護を語っていた人も何時のまにかスポイルされていくのである。 誰もお説教したりしないし理想の介護論をぶち上げる人も居ないのに…。
とても不思議な空間である。 先日も本を読んでいた時「ボケ老人を抱える家族の会」も始めこそそういった話だったけれど…最近は大分様変わりしてきている…と書いてあった。 誰も「こうしたら…」などの強制はしなかっただろう。。。 流れの中でそうなって来たのだろうと思う。
いつも思うけれど…始めからほんとに上手に介護なさって居られる人もいる。心の内にいろんな思いを秘めながらも言葉にしないで取り組んで居られる方もいらっしゃる。 だから 自分は情けない奴だな。。と思っている。 母を施設に託して楽をしているので多少の余裕も出てきてはいるだろうけれど…。
でも 弱い私でも時間をかけて他の方のお話を聞いている内に すっかり癒されて来ている。 自分の力でここまで来られた訳じゃない。 たまたま隣り合わせた方々が これまでの道を歩ませてくれたのである。 まだ 道の途中である。 これからどんな事を教えて貰えるか…楽しみな道のりでもある。
話題はちょこっと変わる。 職場にパソコンが導入されるのが受け容れられなくて 友人は職場を去った。理由はそれだけではないけれど…直接的引き金だっと記憶している。 その友人が 携帯を持ちメールするようになったのが一年近く前。 昨夜「初めての経験」というメールが届いた。 パソコンを使ってのメールだった。 「やったぁ〜」と思って短い返信をした後で 直ぐ思い立って画像を送った。今朝「写真見たよ」という返事だった。 母のお誕生会の時に一緒に撮ったものだった。 彼女と彼女の娘さんが母を囲んでいる写真。彼女がプレゼントしてくれたお花も写っている。 その感想が「親孝行な娘と孫の写真みたいだね」とあった。 まじまじと見て「そうだなぁ〜」と嬉しくなった。 「私もそうなるように…」とも有った。 パソコンアレルギーが消えかけてきたようである。 彼女はそんな風に頑固だけれど 気持ちが溶けていく所が有る。 それに引き換え 私の意思は固い。携帯を持とうという気にならないのだから…。この所娘との外出が続き時計を忘れた私は娘の2個有る携帯の一個を持たされた。 昨夜から考えていたが…やっぱり携帯で失うコミュ二ケーションが有るな…という結論に達したばかりだった。 時間場所細かく打ち合わせる事 他人に聞いてみる事…そういった事が省略されて行くような気がした。これは 私の頑固さである。 ひょっとして年をとって細かい文字を読んだり狭い画面をスクロールさせながら読むことが面倒なだけなのかも知れないけれど…。
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