母のタイムスリップ日記
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2004年10月03日(日) 雨降りだったので…


 雨降りで予定した 庭木の剪定や畑の仕事が出来なかった。

朝刊が雨でびしょ濡れとなっていた。
ビニールで包装されていたのだけれど どうやら入れる時に破れてしまったようである。再配達して貰おうかとも思ったけれど 日曜だし雨降って気の毒に思えてやめた。
その代わり 家の中に一枚一枚にばらして 新聞を広げて扇風機をまわし 乾かした。広げてみると以外に場所を取る物だなぁ〜と思った。

急に気温が下がって 友人は大丈夫だろうかと気になってメールした。

ぽっかりと時間が出来ると「コーヒー飲まない?」と誘い合ったものだけれど…。電車で2時間近くも離れてしまうとそうも行かない。
「コーヒーでも…。お茶でもと誘いたい所だけれど…。気温が下がったけれど 大丈夫?」とメールを送信。
「一緒にコーヒー飲んで楽しかったわ。うっふっふ。…二人でスポーツセンターにでも行って一汗かいて来ましょう…」と返信が来た。
「あっ 気持ち元気だな」と嬉しくなった。

乾かした新聞を畳みながら読んだ。
「高度情報社会における危機管理 安全性の向上か それとも監視の強化か」と言うシンポジュームの記事だった。
読みながら 安全を手にするために監視強化され それによって失ったものがあると再確認。
最近「世の中なんか変」と感じていた事がこういう事から来ているんだなぁ〜と感じ入った。

参照:::
…リスク社会では安全保障対策がこれまでにも増して重要視される。このため、民主的な社会の要素であった自由や市民の権利が、だんだん狭められている。ケアの為の監視からコントロールの為の監視へ振り子が振れたのだ。
監視は普遍的な善とは言えない。それは弱者の疎外を含み、個人の自由を侵食する。
恐れは相手に対する思慮や愛が欠如しているところに発生する。リスクは信頼に、恐怖は自由や愛、社会的公正によって回避される。私たちは、監視の代わりに、もっと信頼や自由を重視すべきだ。
                           新聞より:::

施設介護もこれと似ている側面があると感じる。
あれだけ小さな集団の中に置いてもである。
いろいろの制限が 入所者の生活の質を低下させているような気がする。
 
訴訟社会なので そうして置かないとやってられない事もある…という声が聞こえてきそうだ。
個人から考え方を変えていくべきか?体制から変えていくべきか?
簡単には論じきれないだろうけれど…。

雨降りのお天気で こんな事を考えていた。





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