母のタイムスリップ日記
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2004年09月27日(月) 母の所に行けなかった。。。


 午前中利用者さん訪問。。
今日も長いお話から始まった。キッチンに立ったり洗濯機を回す隙さえも無いほどのお話である。
まだ 気持ちが落ち着かないのだろう。。。
でも何故 そうなったか…が判った。
「漢字を書けない。日にちの勘違い。」それは今までだってゼロではなかった筈だから…そんなに深刻にはならないなぁ〜と感じていた。

デイの小旅行の時に「お魚の名前」等を書き出す場面が有ったらしい。
その時 隣の人はスラスラ書いているのに自分はひとつも言えなかったという事が引き金になっているようであった。
この作業 デイの職員がやった訳ではないのだけれど。
「どんなにショックだったろう。。。」と思った。
元気に過ごしている者が似たような経験をしても平気なのに…。
年を重ねると「すわっ」となってしまうのだろう。
パニックがパニックを呼んで…落ち込んだり不安になってしまうのだろう。
母にも似たような経験があって 幾度か見てきたので気持ちが見えるようだった。

そういったショックで お料理する事も臆病になっていくのだろう。
この所ご家族が泊まっていて その食事の準備にも戸惑いが有るようだった。今日は 言われた通りに準備した。
鮭のマリネときゅうりと大根としょうがと茗荷の浅漬け ブロッコリーと人参の茹で野菜。トマト。レンコンのキンピラ。ローカロリーの副菜を作った。この夏利用者さんが1人で作っていたものばかりである。
それが急に自信を失った。
全て仕上がった時「自分でも作れるんだけれど…」と言われた。
「そうですよ。夏に作っておいででしたよ」と言うと「そうよねぇ〜」と。
「84歳でここまで前向きでお元気な方 多くないですよ」と言うと…。
「褒めてもらって 励まして貰って有難う。。。元気が出てくるわ」と笑っておられた。

活動を終えたけど 地域の支援センターや医師の主催する痴呆の介護の相談会が直ぐ有るので 家に帰らないで時間をやりくりした。
と言うのも金曜(24)に家に戻った時「出席宜しくお願いします」と言う留守電が入っていたので…何等かの役割が有るんだなと感じていたからである。おそらく 始めの一声。。。なんだろうなぁ〜と感じていたのだった。

会に出かけてみると…いろいろな方が見えていた。
主に痴呆初期あるいは物忘れが始まった人…そんな家族の参加が多かった。
精神科医のお話をお聞きして…悩みや相談事をお聞きした。
母の病の始めの頃の場面を思い出していた。

ちょっと時間オーバーして 外に出て会に出向いた方と立ち話…。

時計を見ると母の所に行くのに無理な時間となっていた。
銀行に寄って買い物を済ませて家に戻ると書店からの留守電。
「物語としての痴呆ケアが入りました」と言うのだった。
急ぎ書店に向かって本を手にする寸前でバックにお財布が入ってなかった。
一瞬 掏られたか?と思ったが杞憂に過ぎなかった。
家に戻って改めて書店に向かいようやく本を手にした。
小澤氏の本は前回の「痴呆を生きる」とは少し違うようだ。まだ読み始めたばかりなので感想は後日に。
「人に迷惑をかけない生活」なんて貧しい「迷惑をかけ合う社会」を目指したい。→れんげの里の柳氏の引用に「うん そうだね」と1人頷きながら読み始めている。。。

家に戻ると介護仲間から「お話しする暇も無くて…」と電話が入った。
最近の介護の周辺の変化がおかしい…という話で盛り上がった。
役所も支援センターも…。
介護している者がおかしい所を言って行かないと変な風になってしまいそうである。
介護保険が始まった時は 役所もアチコチで説明会を開いていたけれど…今は殆どない。巷には 保険の申請の仕方を知らない人が出てきている。。。
これは 手抜きじゃないのかな?

 


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