母のタイムスリップ日記
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| 2004年09月21日(火) |
母の記憶 思いやり… |
昼食の時間 みんなと同じテーブルに着いた。 その少し前まで 1人の職員がみんなと同じテーブルでお食事していた。 丁度 職員と交替する形で席に付いた。 食べ終えた人も居たけれど…食事途中で お休みしている人もいた。 食事したくないと言う人もいた。 別の職員が あれこれ話しかけて食べるきっかけを作ろうとしていた。 押したり引いたり…である。 「ご飯は食べたくないけれど…薬大好き」と言っていた。 偶然 職員と同時に「薬飲むには 食事しないと…」と話しかけた。 何回目かの時「ふりかけかけたらご飯食べる?」と聞いていた。 その辺で 合意が出来てご飯を口に運び始めた。 「嬉しい。心配だもの…」と言うとニコニコしていた。 もう1人の方も途中で長い食事中断に入っていた。 「元気になるには ご飯食べなくちゃ。元気が無いととっても心配。。。」 と声を掛けた。「何時までも元気にしていて欲しいもの…」と言うとその方は目をウルウルさせて ご飯を口に運び始めた。「嬉しいな。良かったな」と言うとまた目を潤ませていた。
職員だって 毎日これを繰り返していれば「またかぁ〜」と思う時も有るんだろうなぁ〜。
でも 声をかけてみると以外にちゃんと受け止めてくれる。 食べたくないのを無理に押し込むのは よくないだろうけれど…(母には良くそうしてしまうのだが…母の場合 嫌がらずに食べてくれるので)話しかけられ 食欲も湧くようにも感じられる。 今日は 声かけ うまく行ったような気がした。
食事が済んで母を居室に誘導。 外出前のトイレ誘導。。。ちょっと出始めていたけれど ほぼ間に合い 大量放出できた。少し緩めで 止まらないため暫くトイレで過ごして貰った。 残念な事に 母は用が済んだと思い幾度も立とうとしていた。毎度の事だけれど「ちょっと待ってね」と声を掛けながら落ち着くまで頑張って貰った。 声を掛ければ 母も逆らう事は無く直ぐ座ってくれるけれど…また立ち上がってしまう。 立ち上がると言う行為は やっぱり終了と思っているんだろうなぁ〜。
こちらがせっせと生活リハを試みるけれど…どうにも忘れる事に加速が罹っているようで追いついて行かないのが現状である。 折り紙だって繰り返せば思い出せるけれど直ぐ忘れる。 固有名詞だって 同じ。 今日もスーパーの野菜売り場で定番の野菜 じゃが芋 人参 玉葱等 言葉に出来ない。「じゃが芋」と言えたと思ったら 次の人参を「じゃが芋」と言い出す。店頭で思い出すまで繰り返していたら…サツマイモだけはちゃんといえた。不思議そうに見ていた方が「サツマイモ」で微笑んだ。 母もこういう事を嫌がらないで 有る意味必死で覚えようとしている。 だから みんな好感を持って見守っていてくれているのを感じる。 これが もう少し前だったら こうは行かなくてとても苦労した。 おそらく 母の中でも忘れてしまう事に危機感を覚えているのではないかと思う。ちゃんと言えた時の安堵感が見える。 「有難う」そういう母の言葉が 私を支えてくれる。
おなじ事だが 毎日共に暮らす入所者や職員の名前だって 覚えきれない。 今日も1人1人の名前を教えた。 教えると必ず反芻する。記憶としては残らない事も判るようで…「直ぐ忘れてしまってね」と笑いながら言う。職員が「○○さんたら ほんとに正直なんだから…」と笑っておられた。 母のような人だけではない。 でもそういう人は まだ 記憶が割りに残っている人だ。 母の場合 そういう時期は過ぎてしまっている。
予定した外出先がお休みで急遽ホテルのロービーに変更した。 数年前(5年くらい前)だったら「こんな高級な所に入ってもお金が無いから…」と時に不穏になったものだが…。 今はちょこっと「お金は無いよ」と言うけれど「大丈夫。預かっているのが有るよ」と言えば「儲けたな」とニコニコする。 ケーキセットなんかを食べて「出る?」と聞くと「もう少しゆっくりしたい」と返事する。こういう時も連れてきて良かったと思う。
ホテルを出て施設に向かい…。 「今日は疲れたでしょ」と言うと「疲れてないけれど 疲れたって言ってみたいの…」と言う。 判っている言葉を駆使して心配掛けまいとする様には 驚いてしまう。
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