母のタイムスリップ日記
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2004年09月02日(木) 何処まで理解できているかなぁ〜

 今日の母はトータルでどうだったかな?と考えてみた。

私が訪問する前まで「○子は 来ないですね」と幾度も職員に聞いたようだった。どうやら昨日も同じようだったらしい。
職員も言っていたけれど…この所ちゃんと「娘が来ない」と言っているようである。娘と認識できなくなって もう大分経過しているのに…。
でも、私と向き合うとやっぱり「○子」とは言わない。
今日も聞いてみたくて「私誰?」と聞いてみた。「○○ちゃん」と母は言う。「○子よ」と言ってみると「○子」とは言うけれど…釈然としない様子であった。
家に付いてから「私誰?」と聞くと「わからない」と言う。
幾度聞いても「判らない」と言う。
さっき ○○ちゃんを否定してしまったから…自信を失ってしまったのかなぁ〜。強く言った訳でもなくて「優しく言ったんだけれど…傷ついたかな?」
そういえば人と話している時も「判らなくなってしまったんですよ」と母はよく言うようになった。
不安がる様子もないのでこちらも大分楽になった。

痴呆は忘れてしまう事を認めたくないと言うけれど…最近の母は ほんとにあっけらかんと「判らなくなって」と言う。
私たちが 度忘れした時の感じの言い方である。
忘れてしまう事を母自身が受け容れたかのようにも感じるのである。

一方で 言葉での表現が難しくなってきている。
きっとそれも含めて「判らなくなった」と感じているのだろう。

表現ばかりではない。聞き取る力もだ。
聞こえにくいのもあるけれど…それでも口の開き方 身振り手振り 前後の会話から 母は何とか理解できていたのに…。
そういった補助をあわせても なんと言っているのかの判断が付かなくなってきている。

でも 笑う事は増えている。
判らないのだけれど…母1人が面白いのだ。
こういうのは 経験者でなければ判らないだろう。
もうなくなってしまったけれど…10年近く前に同じデイに通っていらした方がそうだった。「お生まれはどちらですか?」「あははは…」「はははは」と笑うばかりだった。
母は、まだそこまで行ってないけれど…もうそれに近い状態である。

昼食に母の好物の「鯉のうま煮」を出した。
それを見て目を細め 直ぐに食べ始めたのだけれど…。うろこを箸で挟んで「ねずみがかじった」と言う。
「ねずみがかじったから汚い」というイメージではないのだ。
ただただ ねずみがかじった事が面白いのである。
ほんとにねずみがかじった訳ではなくて…母にはそう見えるようである。

ズボンの裾がまたほつれていた。今日も針を出して母に渡したが…。今日は細かい波縫いをしていた。でも途中で嫌になったようで…いや嫌になったのでなく縫えなくなったのだ。
仕方ないので私が縫った。
その後トイレに誘導すると…。
便座に座りながら「針が布に付いたままで…」と言い出す。
「危ないねぇ〜。どうするの?」と聞くと「危なくないのよ」とまた笑った。何処から何処まで理解できている物やら。。。

入浴時は 私の姿が見えなくなると不安なようだった。
「ハイ」という返事だけでも駄目で目の前に行くと「いるんだね」と確認言葉だった。

「○△ちゃんはメンコイねぇ〜」と言ったら「もう メンコイが似合う年でないよ」と言う母。ヒヤッとして「じゃなんと言えばいいかな?」「可愛いがいいかな?でもやっぱりメンコイよ」と言うと「メンコイでいい」と。

こんな調子なのに…風呂上りやトイレの後には「どうも有難う」は忘れなかった。


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