母のタイムスリップ日記
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2004年06月19日(土) 汽車賃 いくらだったかなぁ〜


 母と話したり職員から母の様子などを聞く時「あれっ」と思う事がある。
それは 母自身に残っている能力を自覚しているような気がするのである。

例えば 先日の刺し子はどうやら少し縫ったようである。
今朝も少し縫って「もう嫌になったからやめます」と言ったらしい。

家で絵を描いてもらう時もある程度まで描いて どうも思うように描けてないと「描けないなぁ〜」と言う。

「家に帰りたい」と言うけれど その家が「実家」ではなく「私の家」を意識している時がこの所多い。
ひところは「生家」一点張りだったのに…。
時に弟の住んでいる(自分が住んでいた)家のある地名の頭の地名を言いかけたりがある。
そして それを繋げるかのように考える。

外で食事して 食べた物を言える時がある。
こんな事 久しくなくなっていたのに…。

断片的であっても 確実にそういった事が増えているような気がしてならない。

何よりも「忘れてしまう事が多くて…」「訳がわからなくて…」「すっかり判らなくなってね」等という事が母の口から出るのである。

以前デイで建物の中を徘徊して回っている方が「止まらないんだよ…」と泣きそうに言っていたと言う話を聞いたが それはその一瞬の事である。

でも 母はこの ひとつき近くの間 繰り返し言うのだ。
全部が繋がっている訳では ないのだけれど…。

そんな事が判る時の母って 誰かが傍にいて欲しいだろうなぁ〜。

今日も「家に帰りたいけれど…電車賃っていくらだっけ?」と聞いてきた。
「一万円位かな」と言うと 暫く考えて「ないなぁ〜。でも何とかしなくちゃ」と言ったのだ。
このやり取りは 母の病が始まった初期のころのやり取りと良く似ている。
違うのは そういった事が持続しないで 数時間の内に消えてしまうのだ。いや、消えるのではなくて 気持ちを他の事に向けさせて話題を反らせてしまっているだけで…母の気持ちは「家」に向かっているのだろう。
思い出して聞きたくなっても 傍に聞ける人が居ないので諦めてしまうか 哀しくなって泣いてしまうのだろうなぁ〜。

そんな母なので 最近は「家で暮らそう」と気軽に言えなくなっている。
そう言い出すのは きちんと母を家に迎え入れるようになったら…と思う。

そういう事が判っていながら…母の所に向かう時に腰が重くなってしまう。
母と話すのが面倒と言うよりも 自分の身体・気力優先…といった所なのだ。








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