母のタイムスリップ日記
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昨日の日記を読み返して あれっと思った。 書き直ししている内に「殴ったけれど娘は悪くなかった」みたいになってしまっていた。 そういう事を書こうとした訳でなかったのに…。 いや、書くってやっぱり難しいなぁ〜。
娘が良い子であろうとなかろうと そういう事は問題でなくて…。 過渡期にある娘が 吸い取り紙が水を吸うように育った訳でない。 マニュアルで追いついて行かない…。そんな時期を親として迷い迷って接した。
実は 娘が先に殴ったのではなくて 相手から殴られて殴り返し泣かせたのだ。 夫は娘の幼い頃から「自分より弱い子は絶対に殴ってはいけない」と教えていた。私は「暴力はいけない」と言っていた。 娘は 自分より強いと思われたから殴り返した。 が、殴ってみてほんとは弱かったという事にも気が付いた。
殴った事実は消えない。 おそらく そういう行為は あの1回限りだと思う。
あの頃、他にも力に訴えない子が 力で返した。(男の同士) 其の事を担任は驚きを持って見ていた。 いや、見ていただけでなくて 実に上手に関ってくれた。
其の先生は 現場が大好きで昇進試験など受けず むしろ他の先生が避けたがる障害児を受け容れたりしていた。 今も 教職の傍ら 大学に通い心理学を学んで居られる。 そういう恵まれた環境の中で娘は過ごす事が出来た。 娘も親も 先生には感謝である。 私たち親子だけが そうなのではない。 誰もが尊敬してやまない先生だった。
娘が殴り返した男の子は 頭も良くてスポーツも出来て良い子だった。 ただ、彼の家の中が不安定であることは 親同士での(噂でなく直接)会話で知っていた。だから、家の中の事には触れずに「きっと 訳があるのだから…」と娘には言っていた。 でも娘には理解できる筈もなくて…。
子供を飛び越えて謝りに行こうと思ったり 苦情を言おうと思ったり…が幾度か有った。でも グッと堪えていた。 あの頃が 親として一番苦しい時だったし親として成長した時期でもあったと思う。
もう すっかり大人になった今は 出来る限り対等に接しているが…。 一人っ子と言う事情で 過干渉、甘えさせすぎ…は否めない。
今日は 母を婦人科と内科に通院した。 実は ちょっと前からかゆみがあるのではないかと思われる行為が続いていた。施設に様子を見て欲しい…とお願いをしていた。 その結果 通院をした方が良いだろうという事になった。 かゆみらしい事以外の症状は 見られていなかったのが…。 母に「痒い?」と聞いても「うん」と言ったり「ううん」と言ったりだった。
通院の前に 婦人科に先に出向いて母の様子を説明しておいた。 勿論痴呆である事も。 と言うのも母を婦人科に連れて行くのは 初めてだったから。 通院してから母の説明は極力避けたいと思った。 おそらく母に理解できないだろうけれど…万が一のため。
母には診察室に入った時に 何故診察すかを説明した。 診察台に乗るまでは スムースに行った。 内診が始まって 耳鼻科の時と同じ状態になった。 「ちょっと我慢」「ちょっと我慢」と耳元でささやいた。 其の度に収まるけれど…。仕方ないので口に手を当てた。 高齢の女医さんだった。でも 母の状態を良く理解してくださり対応も丁寧だった。ありがたかった。
母も診察室を出る時「有難うございました」と言えた。
次にかかりつけの医師の所に通院した。 血圧もそう高くなくてほっとした。 ただ、婦人科検診の事がぼんやりと残っているようで 不安がった。
内科の通院を終えて 家に向かった。 ちょっとの休息をして 娘の運転でミニドライブ。買い物がてら外食。
おやつの時間が終わる頃に施設に戻った。 母もかなり疲れたようで横になっていた。
婦人科の検査結果は 1週間後である。
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