母のタイムスリップ日記
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| 2004年06月07日(月) |
大人になれば判ると思う… |
最近娘から「あの時に言われた事が 判るようになった」と言われている。 「大人になれば判るよ」と逃げた言葉をかけた時の事だ。
難しい年齢の時 あれこれと話しこんだ…。「自分が正しい」と信じて話が平行線状態になった時「今はわからないかも知れないけれど…大人になれば判ると思うよ」と敢えて結論を出さなかった。
長崎の事件が痛ましい。 被害者も加害者も…其の周囲にいる親たちも。 マスコミがあれこれコメントするけれど…。 どうなのだろう?
どうにも痛々しすぎる。 情報をシャットアウトしてはいけないけれど…もう少し整理されてから報道できない物だろうか?
飛躍するけれど 今の世の中の流れに付いていけない。 ボランティアの人質事件、北朝鮮の家族会への批判、小泉自民党を支持する事…。歪んでいるのは 大人社会じゃないのか?
最近♪何でだろう 何でだろう♪と思う事が多い。 「お〜い日本、そんなに急いで何処に行く」と言うフレーズがあったけれど…。事件に対して 結論を性急に求めすぎては居ないだろうか? 政治に対して 性急な結論を出すべき所を のんびり流しすぎて居ないだろうか?
どうにも理解できない自分がいる。
娘の話に戻るけれど…。 娘が小学生の頃 小学生が連続して殺された。 あの時 親としてとても不安になったことを覚えている。 気が付けば 娘に近ずく青年たちがみな危険人物に思えた。 娘には 「みんなが危険と言う訳でないのよ」と言ったような気がしている。でも 「注意する事は必要」とも言ったと記憶している。
小学生の頃 娘が男の子を殴った事がある。 親として全く気が付かなかった。 あれほど沢山話していたのに…。知らなかった。 保護者会で先生が「思わぬ子が反撃している」と言っても娘がそうだとは全く考えなかった。 周囲で「近頃の女の子は強いから…」と言われても自分の子の事とは思わなかった。 大分たって 殴られた子の親から話を聞いて 先生に状況をうかがった。 どうやら 娘は悪くなくて殴られた男の子が謝る形で決着したようであった。思い出すだけでひやりとする。
以後 娘の武勇伝は 中学まで持ち込まれて他校から来た男子にまで広がっていた。言われた男の子も不名誉な話をされて嫌だったかも知れない。 でも 娘も大分 嫌がっていた。
娘も今は あの頃の状況がわかっている。
娘は 大人になった。でも まだ「ここまで来ないとわからない事がある」と言う思いはある。 何時まで経っても親は親であり 子は子だ。 でも 私と母の関係って…どうなんだ? 私にとって親だけれど…母にとっては? 母も思っているだろうか? 「病になってみないとわからない事があるんだよ」って。
利用者さん訪問。 お墓参りは 家族が出来る限り同行する方向で動く事になった。 土曜、日曜にかけてご家族と話された様子だった。 家族が同行出来ない時に お手伝いする事に。
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