母のタイムスリップ日記
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2004年05月15日(土) 欲張りすぎたみたいだなぁ〜

 朝も穏やかに起床した。早朝トイレ誘導はあったけれど その後もウトウト眠っていた。
冷たい水を飲んで貰って起床。着替えは80パーセント介助。お布団も畳まなかった。
洗面は 石鹸を手につけて始めた。「顔 洗ってね」の声がけで手のひらで石鹸を泡立て顔を洗え 水で流せ タオルで拭けた。「声がけでもここまで出来ればいいんだ」と一人納得した。
自発的な行動は 少なくなった事は否めない。

朝食はトーストにバターとママレードを塗った。
前回 泊まった時にトーストは 「みみが食べにくそう」「切り分けた方が良い」と気が付いていたのに…そんなことすっかり抜けてしまっていた。
食べ始めて ママレードを箸でつまんで食べたので「アッ」と気が付いた。
みみは、今日は大丈夫だった。
トーストを4カットにしてあげたら ちゃんと食べる事ができた。
後片付けも しっかり出来た。

洗濯する間、母に絵を描いて貰った。
昨日 カンペンを渡したら それを使って紙いっぱいに○を書いていた。
それを顔に見立ててもらい 目鼻口を書き込んで貰ったのだ。
一例として 泣、怒、笑を略して薄く書いておいた。
浴室との往復を繰り返していると母のペースで書いていた。
仕上がったのは なかなか味のある作品に仕上がった。
表現力はかなり落ち込んでいるが ひとつひとつ 違う表情の顔はまさに芸術である。いや、他の方からみたら どうというものでないのだけれど…。
私には ゼロからでもまだ描けるという事が何より嬉しいのである。
が、こちらの喜びが母の楽しみとなったか…?
頃合を見計らって キッチンに呼んでママレードように皮を刻んで貰ったのだが…きり始めて間もなくまな板の上の刻んだ皮を顔に見立てて「これが目で…」と言いながら皮を集め始めてしまった。
時間移動ができて居ないのであった。
こんな短いタイムスリップすら大変なのだと思い知った。
この症状は、他の時にも出た。
教会からお便りに返事を書いて貰った後の時である。
文を書くというか写す作業すら母にとって困難な状況だ。
省略しながらのお便りが仕上がったので、トイレに誘導。
トイレに座った途端 お腹に文字を書き始めたのだ。「まだ、書き終えない」と指でお腹に何かを書いていたのだ。
これも時間移動ができて居ないのだ。
母にとって「楽しい時」ではなくて「学ばなければならない時間だったのだろう」

トイレでは 排便もあったので始末してトイレを出ると…。
「あなた 大変だねぇ〜。私のために…」と言った。
人の世話を受けないと出来ないという事を承知しているのである。
「いいのよ。娘だもの。大好きよ」と言うと母の目に涙が光り「勿体無い」と言う。ここが、私としては辛い場面である。「いとこから助けてもらっている」としか母には考えられないのである。
心の負担を取り除こうにも「いとこ」はリセット出来ない母なのだ。

朝からフリーズしっぱなしなので、気分転換にお散歩に出た。
薫風が心地よいお散歩となり 午前中の事はリセット。

先日 介護仲間が言っていた事を思い出す。
「落ちていく一年って馬鹿に出来ない。でも その中でも時折見せる真の状態…。」まさに それを充分に感じさせる一日だった。
良く聞いていた。「落ちる時はあっという間です」
どうやら そういう時期にさしかかっているのかもしれない。
「まだ、できる事がある」と言う思いと交錯する。
せめて「歩く事」「食べる事」これだけは 守っていきたいなあ。
現状維持の難しさ…。


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