母のタイムスリップ日記
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ついさっきまで、知り合いと電話で話していた。 娘は仙台出張でお泊り。夫は仕事で忙しく…そんな訳ですっかりの長電話となってしまった。 彼女は お母様を引き取る準備を進めていて 容態が安定したら引き取る予定だった。 でも、この1月にお母様は亡くなられたという事だった。 お母様は、直前まで知り合いの家に住む事を夢見ていらしたそうである。 度々、6時間以上の時間をかけて看病に向かわれていたのだった。 彼女の思いがお母様に届いていたのだから良かったと思う。
昨日、別の友人にメールを送った時訃報を知った。 その友人は、今 一時的にお母様と過ごしている。 桜の咲く頃には故郷に戻られると伺っていたので、ご無沙汰を詫びながらメールしたのだった。こちらでの生活を気に入られていらっしゃると伺いほっとした。でも、暖かくなったら故郷に戻られるそうである。 お母様は故郷にあるお墓が気になるそうである。 お元気なお母様なのだけれど…子供にしてみれば気がかりだろうと思った。
離れて暮らすという事での対処は様々である。 親には親の、子供には子供の気持ちがある。 希望が合致してれば 良いのだけれど…そうそううまく行く事はない。 みんな 折り合えるところで折り合っているんだなぁ〜。
病とはいえ、母の事を見ていられることは幸せだと思う。
今日、母は「土曜日で××(私の名)来るかしら?」と職員に聞いたそうである。3ヶ月に1度位は、私の名前を思い出すようである。 それでも私と会うと「○○ちゃん」となってしまうのだけれど…。 また、職員の話で「2+2は?」と聞かれたら「にしち じゅうし」と答えたそうである。「出来るんですよね。すごいです」と言われた。 良い弾みがついていたのか?
言葉は、相変わらずで言ってる事がチンプンカンプン状態だ。 聞き取る方も出来なくて…。 テーブルに仕込んだビーズを口に運んだりする。 「それ、食べ物で無いよ」と言っても「?」とやめる気配も無い。 言葉が通じないのである。 「それは、砂よ」と言ったらようやくビーズを置いて元に戻していた。 通じる言葉、通じない言葉が出て来ているような気がする。 怒ったり、悲しんだり…そういう思いはもう卒業している。
この所、意識度が高いような気がする。 今グーパーリハに力を入れている。これが有効なのかな?
リハを受けながら療法士さんとそんな話となった。 施設に送って行っても「あなた、黙って外に出ては嫌だからね」と釘を刺されるこのごろである。 帰ると言わなくとも予測できる風である。 戻った時も判るようである。 先月から ずっと続いている。まさか病の好転でも…と笑ったけれど…。 何処かでそんな気がしている。 今日もリハを受けながら気持ち良さそうに寝入った。
療法士さんが近くの特養に出かけたそうである。 以前行った特養より ずっと質が上だと感じたそうである。 私も両方知っているけれど…同じ受け止め方である。 施設情報は、やはり感じ方が同じである。 介護に向く目が重要であろう。
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