母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2004年03月13日(土) リハ効果?


 ついさっきまで、知り合いと電話で話していた。
娘は仙台出張でお泊り。夫は仕事で忙しく…そんな訳ですっかりの長電話となってしまった。
彼女は お母様を引き取る準備を進めていて 容態が安定したら引き取る予定だった。
でも、この1月にお母様は亡くなられたという事だった。
お母様は、直前まで知り合いの家に住む事を夢見ていらしたそうである。
度々、6時間以上の時間をかけて看病に向かわれていたのだった。
彼女の思いがお母様に届いていたのだから良かったと思う。

昨日、別の友人にメールを送った時訃報を知った。
その友人は、今 一時的にお母様と過ごしている。
桜の咲く頃には故郷に戻られると伺っていたので、ご無沙汰を詫びながらメールしたのだった。こちらでの生活を気に入られていらっしゃると伺いほっとした。でも、暖かくなったら故郷に戻られるそうである。
お母様は故郷にあるお墓が気になるそうである。
お元気なお母様なのだけれど…子供にしてみれば気がかりだろうと思った。

離れて暮らすという事での対処は様々である。
親には親の、子供には子供の気持ちがある。
希望が合致してれば 良いのだけれど…そうそううまく行く事はない。
みんな 折り合えるところで折り合っているんだなぁ〜。

病とはいえ、母の事を見ていられることは幸せだと思う。

今日、母は「土曜日で××(私の名)来るかしら?」と職員に聞いたそうである。3ヶ月に1度位は、私の名前を思い出すようである。
それでも私と会うと「○○ちゃん」となってしまうのだけれど…。
また、職員の話で「2+2は?」と聞かれたら「にしち じゅうし」と答えたそうである。「出来るんですよね。すごいです」と言われた。
良い弾みがついていたのか?

言葉は、相変わらずで言ってる事がチンプンカンプン状態だ。
聞き取る方も出来なくて…。
テーブルに仕込んだビーズを口に運んだりする。
「それ、食べ物で無いよ」と言っても「?」とやめる気配も無い。
言葉が通じないのである。
「それは、砂よ」と言ったらようやくビーズを置いて元に戻していた。
通じる言葉、通じない言葉が出て来ているような気がする。
怒ったり、悲しんだり…そういう思いはもう卒業している。

この所、意識度が高いような気がする。
今グーパーリハに力を入れている。これが有効なのかな?

リハを受けながら療法士さんとそんな話となった。
施設に送って行っても「あなた、黙って外に出ては嫌だからね」と釘を刺されるこのごろである。
帰ると言わなくとも予測できる風である。
戻った時も判るようである。
先月から ずっと続いている。まさか病の好転でも…と笑ったけれど…。
何処かでそんな気がしている。
今日もリハを受けながら気持ち良さそうに寝入った。

療法士さんが近くの特養に出かけたそうである。
以前行った特養より ずっと質が上だと感じたそうである。
私も両方知っているけれど…同じ受け止め方である。
施設情報は、やはり感じ方が同じである。
介護に向く目が重要であろう。


はな |MAILHomePage

My追加