母のタイムスリップ日記
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2004年03月11日(木) 不用意な一言に猛反省


 母を連れて ひとつ手前のバス停で降りた。
裏道に入り込み 「市」に寄って行く時だった。
母が「ほら 待ってくれている」と言った。私は、凸凹道で母が転ばないように…と足元ばかりを見ていた。
裏道は細く母と二人並んでしまうと通りすぎる事も出来ないのである。

顔を上げると自転車を降りて待ってくれている人がいた。
軽く会釈して顔をみると知っている人にとてもよく似た人だった。
若し知っている人なら「やあ、久しぶり。お母さんも元気そうで…」笑顔いっぱいで声をかけて下さる筈。でも その人に笑顔は無い。
少し太ってるかな?違う人かな?と思ったけれど…。
「こんにちは」と声をかけてみた。
「奥様 お元気ですか?」と続けて聞いた。
その方は、とても不機嫌そうに「何言ってんだ。家のは昨年暮れから入院していて食べ物だって食べられないんだ。介護を始めて14年だよ」と言われた。「俺の体調も良くなくて、医者に通っていて…。好きなパチンコだって出来ないんだ。今は うちの奴の 入院先に行って食事のさせ方を練習しているんだ。もう、食べ物でなくて液体をねっ」

あ〜悪い聞き方をしてしまったと猛反省である。
良い状態でない事は想像できた筈である。
母と同じデイに通っていて、病は母より進行していたのである。
母がGHに入所する頃には、老健に入所なさったのだった。

とても前向きに奥様を介護なさっており、10メートルの道のりを30分ほどの時間を掛けながらお散歩なさっていた。いつも笑顔で「いいね。お母さん歩けるのだもの…」と言われていた。
「何が大変って、食事の支度だよ」とも言われていた。
奥様と一緒でない夕方にお会いすると「家のを寝かせたからちょっと休息でパチンコに行く」と言ったりもしていた。
デイの送迎もその人を優先にして一番遅く迎えに行って、一番早く送って行く体制になった。
娘や嫁が週末には来てくれる。それが楽しみ…とも言っておられたのに…。

長い介護、加齢で疲れていらっしゃるのだろう。
以前のような笑顔は最後まで見られなかった。
それでも、立ち話でお話を伺っていたら「悪いね。話聞いてもらって…有難う」と言われた。
「いえ。な〜んも。ご自身の体大事にしてくださいね」と言ったら「そうだね。俺が病気になったら困るもんね」と言われた。

60は超えている方である。
出会った時には 奥様は言葉も話せなくなっていて…トイレにだって行けなくて…それでもめげることなく介護なさっていたのに…。
確か精神内科通院→精神科と通院なさっていると言われていた。
介護ストレスなんだろうなぁ〜。
これから在宅に戻すって言っていたなぁ〜。大丈夫だろうか?

若い人が子育てしながらの介護も大変だけれど…加齢と共に重い介護…その大変さは若い人とは比べ物にならないだろう…。自分の老いも見つめていかなければならないのだろう…。
こういう方々を救う方法は無いのだろうか?

母は、立ち話の間 黙って話を聞いていた。
何か感じるところがあったのだろうか?

母を迎えに行った時「さっき転倒したんです。頭を打ったようで…。打ち所チェックしましたがこぶとかの外傷は無かったです。転ぶ時もワンクッション置いたようでした。血圧が少し高かったです」と言われた。
母は、転倒はあまりしない。転ぶときも用心深くそして反射神経が割りにある方である。
「薬のせいかな?脳出血じゃないか?」と思った。
でも、手を動かしたりしても特に異常も無いので外に連れ出した。

桜のつぼみを見るとかなり膨らんでいて「わぁ〜。緑色になっているね」と驚いていた。
「お花見 何処でしようかしら?」と聞くと場所はふるさとだった。そして「早く場所を取らなくてはねぇ〜」と言った。
気持ちは「桜咲く」に移っているのだろう。

さて、ほんとに何処でお花見しようかな?



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