母のタイムスリップ日記
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2004年03月02日(火) 痴呆の介護って…


 家族会の日だった。
先日、お母様を亡くされた方の貴重なお話を聞かせて戴いた。
まだ、心が癒えるような状態ではないけれど「外に出なくては…」と足を運んで下さった。
彼女は 未だ ご自分を責めていらっしゃった。
でも、高齢の家族を抱える介護仲間としては 何時 同じ事が起きても不思議ではない事を身に沁みて感じているので 他人事に思えないのだった。
これからも、引き続き参加してくださるとの事で嬉しかった。
話されている時の表情をみて、何時の日か自分にもこんな日が来るのだと…感じた。

新しい介護仲間が加わった。
止むを得ない状況で「家族を精神病院に入院」という介護仲間だった。
彼女も、自分の介護のあり方を恥じて居られる様だった。
自分の親なのでその責めは、強かった。
でも参加者の中のお嫁さんの立場で介護なさって居られる方が 含みのあるお話をしてくださった。
つまり、介護環境を整えて 良い時期をみて在宅に戻す方法を取られたら…という事であった。

嫁と言う立場は、他人の家に入っているので苦労する事もあるけれど、夫に対しては「あんたの親でしょ」と言える強みがあると言う。
でも、娘の場合 そういう訳にも行かず、遠慮から 介護、家事、子育て…
全てを引き受けてしまう事が多くなってしまうから…と。
そんな言葉を 二人からかけて頂いた。

家族の会には、介護者が妻、夫、嫁、娘と様々な立場の人がいて 実に冷静にお話くださる。今日は、お嫁さん 大活躍の日だった。

精神病院の入院と言うプレッシャーはあるけれど…。
実際の所、家族自身が拒否せずにある程度の満足をしている所も見えると経験を通して語ってくれた。
他にも同じような方が居られるが…やはり危険回避(安全)と適度な広さは安心できると伺った事がある。

痴呆介護を全ての人が在宅で…は無理だろう。
自分にあった介護方法、手段で 出来る範囲の介護を選択していく…それでよいのだろうと思う。
特に家族がいる場合等、「あの人さえいなければ…」と思われてしまうのはやはり辛い。
程よい距離での介護も場合によっては必要だと思う。

会を終えて、これからの打ち合わせをした後で母の所に向かった。
もう、夕食の時間と判っていたけれど 顔だけ見ておきたかった。
夕食のテーブルの仲間に加えてもらって食事の会話を楽しませてもらった。
その後、母をトイレ誘導、歯磨きの見守りをして…。
施設を後にした。
短い面会で 自分の気持ちを治めるみたいな面会で母には悪かったのだけれど…。
明日は ひな祭り…。五目寿司を作ってお祝いしようっと。


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