母のタイムスリップ日記
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今日は、夫も娘も未だ帰宅していない。 夫はお通夜に。娘は仕事。
昨夜、夫が「親が亡くなったと言うのに…あいつ会社に来たんだ。『休んで』って言ったのに…何考えているんだか?」とぼやいた。 「人の見送り方は様々だから…そんな言い方しない方がいいよぉ〜」と言うと「俺が間違っているのか」と気色ばんだ。 「違うのよ。見送り方は人それぞれで、正しいとか正しくないとかの話でないの」と伝えた。 介護にしても、見送りにしても…人それぞれで…それで良いのだと思う。
娘の仕事は、以前ほどハードではないけれど…。 やはり、残業は付いて回る…。以前の職場とのお付き合いもある。 「嫌だなぁ〜。××(娘の呼び名)に敬語で電話しなければならないのか」と言っていた上司…。もう数回も電話のやり取りが有ったらしい。元上司は勿論敬語対応。後ろから「××だろう…何も…」と言っている声が聞こえるらしい。娘もそう思っているけれど…。几帳面な上司は、タメ語が使えないようである。 昨夜の話だと元上司は4日も泊まり込んでいるらしい。7時半に「帰宅します」と言うと「うそ。うそ。帰るんだ」と。 以前の職場は、相変わらずサービス残業の日々のようである。
母の所に出向くと…。 母の頭は「帰宅モード」だった。 私の顔をみて「未だ荷物を整理していないのだけれど…」と言った。 「いいよ。私が纏めるから…」と応じた。 散歩に出ようとすると「何も持たないで 良いの?」と言う。 「大丈夫よ。後で送って貰えるからね」と応じた。
初期の頃の帰宅モードは 大変だった。 一日のうちで何回も荷物を纏めた。見える所に置いてある物は「袋頂戴」と言ってその中に詰め込んだ。幸いな事にとても丁寧にたたんで入れるので戻すのは楽だったけれど…でも繰り返し行われる荷物纏めには、疲れ果てた。 「いい加減にしてよ。お母さんは、ここに住みたいって言って来たんでしょ。」と腹立ち紛れに言ってしまった事も1度や2度ではない。 「帰るならどうぞ」と玄関まで荷物を運んであげた事もある。ドアを開けて母を送り出して、後ろからずーっと付いていった事も…。 果てしも無く続くこの行為に 気持ちが落ち込んで行くのを感じた。 怒っても、後始末は自分でしなければならない。なだめるのも自分の仕事なのである。ほんとに自分が情けなくなって行った。 そんな 風景を思い出したら 今の母の事は「なんてことない」のである。むしろ「拘りまで失ってしまったか」と哀しさすら感じてしまう。
居室を出ようとした時「着替えをして 外に連れて行かなくちゃ」と母が言った。「誰を?」と聞くと「小さい子」と言う。 「孫」なのか「お人形」なのか はたまた「母自身」の事かとしばし考えてしまった。 でも母の言葉からヒントを得た。 お人形に着替えがあれば面白いかも…。自分の服はうまく着用できなくなったけれど…。これが、人形だったら…。 これから作ろうかなぁ等と考えたらふと思い出した。 母が孫2人に作ってくれたお人形が有ったのだ。 娘は「おばあちゃんの作ってくれた物」として大切に使い今も大事に残している。お人形の洋服、セーターなども作ってくれていた。 そのセットを袋に入れるように…と袋も縫っていてくれている。 あれなら、着替えさせられるかも…と思った。 お人形には 娘が「やよいちゃん」と命名している。おそらくお人形を貰ったのは3月の誕生日だったのかも知れない。
外に出た母は 梅もさくらも言えなかった。 「これは何だろうね」と聞くと 「白いね。花としていっぱい咲いているから…」と答えにもならなかった。 でも、「白いって言える。花って言える。」それで良いだろう…。
たくさん歩いて、果物食べて、お茶飲んで…。トイレで排泄できて…。 排泄のリズムが掴みかけてきたので嬉しい。でも外出時には トイレが直ぐあるとは限らないんだよねぇ〜。悩ましいなぁ〜。
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